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舞の贄



<50>



 じくじくと爛れるような熱を帯びた身体の奥に、生温かくドロドロとした何かが再び注ぎ込まれた。

 内臓がゆっくりと内側から押し広げられ、ズシリと重苦しい圧迫感に襲われる。

 徐々に胃の方までせり上がってくる不快な感覚は、やがて苦痛を伴って肉体を苛み、玲熙は混沌とした意識の中で唇を噛みしめた。

(──……気持ち悪い)

 口にするのも憚られる部分に、ヌルヌルとした蛇が入り込み、うねりながら腸管を遡って蠢いているようだった。

 その蛇を体内から押し出そうと身体が無意識に反応し、一時は楽になれるものの、またすぐにその蛇は這い上がってくる。

 何故こんな目に遭っているのか判らず、玲熙は虚ろな意識で記憶を辿った。

 両手を戒められたまま吊り下げられ、何度も嘔吐を繰り返した。

 その後、ようやく解放されるかに思えた時、突然、要の両手が伸びてきたのだ。

「玲熙さん……申し訳ありません」

 喉に手がかけられたことに驚き、要を見つめ返すと、彼は沈痛な表情でそう謝罪した。

 次の瞬間、すうっと頭から血の気が引き、身体が崩れる。

 苦痛は無かったが、気を失う瞬間にも驚愕が脳裏に広がり、悪夢の中でさえその余韻が残っていた。

 だが、何の理由もなく、要がそのような事をするとは思えない。

 ようやく意識が覚醒し始めた時ふとそう思ったが、次に呼び起こされたのは、失神している間も肉体が感じていたおぞましい感覚だった。

「あっ……あ、ああ…う、ううぅっ」

 突然、うずくまっていた身体が上方に引き伸ばされて大きく傾き、肉体の奥の重心もまた揺り動かされる。

 内臓がぐねぐねと蠢いた瞬間、腰から頭部にざあっと悪寒が走り、全身が漣のような痙攣に襲われていた。

 胃の方へ押し寄せてきていた蛇が、突然ぐにゃりと縮んで反転し、勢いよく下方へと突進し始めたのだ。

 苦しみに仰け反った玲熙は、不自由な手足をよじらせ、逃れようともがいた。

 しかし思うように動かず、動こうとすればするほど腕や肩の関節が痛む。

「──あ、ああッ……い、いやぁッ!」

 暗く虚ろな悪夢から、正気に戻った玲熙はあまりの忌まわしさに絶望した。

 腸の中で渦を巻いていた蛇は、人為的に注入された流動体であり、それが今まさに決壊しようとしている。

 押しとどめようとしても、もはや意思の力ではどうにもならず、玲熙は白い喉を反らし、引き攣れた悲鳴を上げた。

 肉体の緊張が切れた瞬間、内臓を満たしていた液体は、奔流となって溢れ出すだろう。

 苦し紛れに背後を振り返ると、涙で霞む視界の中に要が立っていた。

「……ヒッ…ヒイィッ! ──み、見ないで……見ないで……要ッ!」

 凄まじい羞恥と汚辱感に、頭の芯が真っ暗になり、全身が一気に凍えた。

 囚人のように両手を戒められて麻縄で吊り下げられ、そんな屈辱的な姿のまま、強制的に排泄をさせられる。

 生まれて初めて味わう恥辱と絶望に、玲熙は大きく仰け反り、ガタガタと震えた。

 その一瞬で身体が硬直したのか、逆流の圧迫感に苦しめられてはいても、どうにか破局はまぬがれたようだった。

 けれど、それは一時的な事──肉体の深部を犯すドロドロとした液体は、出口を求めて残酷に膨れ上がってゆく。

 耐えるうちに全身に脂汗が滲み、噛みしめていた唇がわなわなと震えた。

 苦しみに身悶え、気が狂うような羞恥に戦慄する。

 浄化を行うため、要はおぞましい浣腸を施して、玲熙の体内を洗浄したのだ。

「あ、ああっ……いやっ……お願い、助けてッ! 要、ここから下ろして!」

 恐るべき醜態を全て見られたなら、生きてゆけない。

 プライドはずたずたに引き裂かれ、人間としての尊厳すら砕け散ってしまうだろう。

 切羽詰まり、玲熙が必死に哀願すると、要は氷のような無表情を顔に張り付けたまま近づいてきた。

「玲熙さん。これが最後ですから、どうか我慢してください」

 淡々と告げた要は、注入された液体で張り出した下腹部をなだめるように撫でた。

 何を我慢しろと言うのか──愕然と要の顔を見返していた玲熙は、腹部をさすられる刺激に息を止め、くっと眉根を寄せた。

 要はここで、このまま排泄させるつもりなのだ。

 そう悟った瞬間、玲熙は激しく狼狽し、髪を振り乱しながら身体を揺すった。

「──いやあぁッ! どうして……こんなッ……あっ、あ、あううぅッ」

 ところが暴れたことで内臓がさらにうねり、奔流が内側から激しく責め苛む。

 下半身の力を振り絞り、外側へと花開こうとする後孔を死にもの狂いで締めた玲熙は、要の指先がそこに触れた瞬間、こぼれんばかりに大きく双眸を見開いた。

「あ、ああっ……要…何を──ッ!?」

「良いんですよ、玲熙さん──さあ、力を抜いて」

 諭すような言葉でそう囁きかけた要は、大きくたくし上げられた着物の下にのぞく白い双丘、その狭間に息づく秘やかな蕾を撫でた。

 そこは、誰にも見せてはならない穢れた排泄器官だった。

 そこをほぐすように触れられ、玲熙は心底うろたえて身をくねらせた。

 だが、荒れ狂う排泄感とは別の、ふっと気がゆるむような心地よい感覚が広がり、誘われるように後蕾が広がる。

「ああ……あっ…ああっ──いやっ……見てはいやあッ!」

 一瞬我を忘れかけた玲熙は、激しく頭を振ってその妖しい感覚を振り払おうとした。

 ところが要の指先は臀部の間をなぞり、硬く閉ざされてわななく蕾をあやすように何度もやわやわと撫でるのだ。

「大丈夫ですよ、玲熙さん……もう十分に綺麗になりましたから。
 さあ、力を抜いて、楽におなりなさい」

 要の言葉は悪魔の囁きにも似て、その誘惑に抗うことができなくなる。

 ところが自分を見下ろしている瞳の奥に、鬼火のような暗い炎が揺らいでいる事に気づき、玲熙は涙を溢れさせた。

 要は、巫子である自分の守護者──誰よりも信頼できる味方ではなかったのか?

 裏切られたと感じた心の痛みが、肉体に反響する。

 もはや耐えうる限界を超え、要の指が触れるたびに、後蕾がヒクヒクと疼いた。

「──ヒッ…ひうぅっ……も、もう…触らないで──み、見ないでッ……いやあッ!」

 悲痛な声を上げ、屈辱の涙を流した玲熙は、ガクガクと大きな震えを放った後、「ひいッ」と喉を鳴らして仰け反っていた。

「あ、ああっ……ひああぁッ!」

 激流を押し止める術は無く、崩壊は訪れる。

 頭の芯が灼けるような衝撃の後、玲熙は放心してガクリと首を垂れた。

 他人に見られてはならない恥ずべき姿を見られてしまった。

 あまりの惨めさに死んだ方がマシだと思えた。

 穢れを祓う──浄化という名のもとの屈辱的な行為は、いったい何のために、誰のために行われるのか。

 これほどおぞましく、忌まわしい行為を強いる神を、自分は何のために守っているのか。

 それは本当に……守らなければならない神なのか──。

 すすり泣く玲熙の脳裏に、そんな疑問が繰り返し浮かんでは消える。

 一方、要は塩湯を流して玲熙の下肢や床を清め、ようやく両手の拘束を解いた。

 足に力が入らず、床に頽れた玲熙の身体から、要は麻の白衣を剥ぎ取り、さらに何度か塩湯を浴びせる。

 いつの間にか鳩尾から楔は消えていたが、玲熙は呆然と打ちひしがれていた。

 ぽたぽたと床に落ちる水の雫が、果たして涙なのか、清めの塩湯なのかも判らない。

 そんな玲熙を、要は大きな麻の布ですっぽりと包み込み、膝の裏に腕を差し入れて床から抱き上げた。

 塩湯の張られた檜の湯舟に運ばれ、温かな湯の中に沈められても、玲熙はうつむいたまま顔を上げようとはしなかった。

 抵抗する気力も体力も奪われ、意思の無い人形のようになっていたが、要の瞳を二度と正面から見ることなどできないだろうと思う。

 じくじくと身体の奥が疼き、腫れぼったい痛みを感じるたびに、叫びを上げて狂いたくなるほどの激しい羞恥に襲われるのだ。

 一族の巫子を守護する要にとって大事なのは、壊れかけた玲熙の心ではなく、何の穢れも無い清浄な肉体の方なのだろう。

 異形の身体であっても、清めの舞が舞えるというだけで崇められ、大切にされる。

 けれど、もしその舞が舞えなくなったら──自分の存在意義など何も無い。

 巫子が死ねば、沖月島の荒ぶる神は怒るのだろうか?

 それとも、何事も無いまま、新たな巫子の誕生を待ち続けるのだろうか?

 微かに白く濁った湯の面に、ぽつりぽつりと水滴が落ちてゆく。

 それが己の涙だと気づくこともなく、玲熙は瞼を閉ざした。

(──いっそ……このまま死んでしまおうか)

 憂鬱な考えが心の中に浮かび、唇が自嘲的な微笑を形作る。

 一族の掟に縛りつけられ、一生抗えないと言うのなら、生きていくことに意味があるとは思えない。

 一族の誰からも顧みられない「玲熙」という心の持ち主が自由になるには、この命を絶つしか方法が無い。

 そうすればきっと、これ以上辛い思いをしなくてもすむから──。

「玲熙さん──どれほど私を恨んでもかまいません。
 あなたが望むなら、この命を絶ってもいい。
 けれど、あなたご自身は……どうか御身を大切になさってください」

 暗い誘惑に囚われ、沈み込みそうになっている玲熙の心を見透かすように、要が感情を抑えた低い声でそう告げる。

 はっと瞳を開いた玲熙は、きりきりと胸の奥に痛みを感じ、唇を噛みしめた。

(僕が死ねと言えば、要は本当に死ぬのだろうか……?)

 ふとそう思った途端、不可解な笑いがこみ上げてくる。

 要はあっさりとそう言うが、彼に「死ね」と命じることなどできるわけがない。

 そして、怨み続けることも、やはりできるはずがないのだ。

 けれど、ほんの束の間要が見せた欲望に、玲熙は気づいてしまった。

 まるで獲物を狙う猛禽のようなあの眼差しは、晴熙が自分を見る目と同じだった。

 息も絶え絶えに苦しむ自分を、まるで好ましいものでもあるかのように見つめていた。

 面白かったのだろうか──死にもの狂いで排泄感に耐え、身を震わせる己の姿が。

 髪を梳く手は相変わらず優しいが、それでも以前とは違う何かを感じてしまい、玲熙は要のことを初めて怖いと思った。

 無邪気な信頼を寄せていた頃には、もう二度と戻れない。

 そう直感しながら、玲熙はこみ上がってくる嗚咽をこらえ、涙を隠すように瞼を閉ざした。





      

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