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舞の贄



<6>



 竜桜学園には名物といえるような有名人が何人も存在する。

 その筆頭は、現生徒会長である桜坂将貴(サクラザカ マサタカ)と、その妹である桜坂美聖(サクラザカ ミサト)であった。

 その名字が示す通り、彼らは桜坂グループ会長の直孫にあたり、父親は先日社長に就任したとのことである。

 竜桜学園の理事長や学園長も桜坂一族に属しており、この桜坂兄妹とは近縁関係であるらしい。

 そのため、高等部における桜坂兄妹の権力は絶大で、一般教師以上の発言権を有しているようだった。

 歴代の生徒会長と同様、眉目秀麗、文武両道の桜坂将貴は、融に言わせると、峰月丞が転校してくるまでは、全女子生徒の憧れであったらしい。

 そもそも、この生徒会長という役職自体、全校生徒の憧憬の的であるというのだ。

 丞にしてみれば、面倒な雑用係と同レベルなものであったが、かつては玲熙の兄である隠岐宮晴熙や、驚いた事にあの沖守要もまた務めたことがあるらしい。

 竜桜学園の設立以来、生徒会長=高等部のナンバーワンという図式が、成り立っているようだった。

 そして──その妹の桜坂美聖と言えば、通称<桜姫>と呼ばれる高等部きっての美少女であるらしい。

 兄が女子生徒の憧れなら、妹は男子生徒の憧れと言われているそうだが、丞はその意見には賛同しかねた。

 桜姫は常に十数人の少女を引きつれ、<大名行列>のように校内をそぞろ歩いているのだが、その高飛車で高慢な態度が、丞はどうも苦手だった。

「──あなたを、わたくしのお友達にしてさしあげますわ」

と、ある時、恒例のお茶会とやらに招待されたのだが、あまりに場違いな雰囲気と面倒臭さもあって、丞はその招待を素っ気なくお断りしてしまったのである。

 それ以来、どうやら桜姫と親衛隊の激しい恨みを買ったらしく、すれ違う度、少女たちに呪い殺されそうな視線で睨まれる日々が続いていた。

「ふーん、桜姫は、要さんの大ファンだったのか」

 ころころと嬉しそうに笑っている桜坂美聖の様子を眺めていた丞は、融の言葉に、奇妙なほど納得してしまった。

「大ファンも大ファンだよ。
 だって、将来は要さんのお嫁さんになるって宣言してるし……。
 要さんは桜坂の弁護士やってるし、沖守家の人間だろ?
 家のレベル的には合うっていうんで、桜坂家の方はわりと乗り気だって話だぜ」

 どうせまた父親の会話を盗聴してきたのだろうが、融が物知りげな様子で説明した。

「──じゃあ、どうして桜姫が玲熙の事を嫌ってるんだ?」

 困惑している玲熙を見下ろし、丞がそう訊ねると、融は肩をすくめて見せた。

「そりゃ、要さんが玲熙の事を大切に扱っているからだろ。
 要さんにしてみれば、玲熙は一族の中で最も大事にしなきゃいけない人なんだけど、今は桜坂家の方が権力持ってるじゃん?
 一応、要さんも桜姫には丁寧に接してるけど、何だかんだ言っても、やっぱり玲熙が一番上なんだよ。
 女王様ちっくな桜姫は、自分が下に見られるのは許せないってことだろうな。
 ──だからさ、彼女は真っ先に玲熙を苛めたんだぜ」

 融の言葉に驚いた丞は、うつむいてしまっている玲熙を見下ろした。

 躊躇ったように丞を見つめた玲熙は、小さく微笑むと、わずかに首を傾げてみせた。

「桜姫は、要のことが好きだから……仕方がないよね。
 僕も要は過保護すぎるって思ってるから、あまり構わないでって言ってるんだけど。
 もともと桜坂家も一族に連なってるから、二人の結婚を反対する人はあまりいないだろうし──僕も、要が美聖さんの事を好きなら、それでいいかなって思ってる」

「俺だったら絶対に遠慮するが、要さんは大人だから……どうだろうな。
 あのお姫様と結婚したら苦労しそうだが、歳も離れてるし、気にしないかもしれない。
 そうなったら──俺は要さんの寛大さを尊敬するね」

 乾いた苦笑をもらした丞を見上げ、玲熙は淡く微笑むと、困ったようにため息をついた。

「でも……これからどうしよう。
 要はきっと、僕たちの事を待ってるんだろうし、そうしたらまた桜姫に睨まれてしまうよね」

「心配するな、玲熙。
 好きな男の前で怖い顔するほど、あの姫さんはバカじゃないと思うぞ」

 そう言い、丞は玲熙の華奢な肩を軽く叩いて歩みを促した。 

 桜坂美聖のお喋りに、適当に相づちを打っていた要は、校舎の方から歩いてくる3人に視線を止めると、軽く会釈をした。

 その動作を見た桜坂美聖は、同じように視線を逸らしたが、途端に瞳を険しくした。

 射抜かれるほどに強い眼差しに怯え、玲熙は思わず丞の広い背中の後ろに隠れた。

 丞は気にするなと言っているが、やはり過去の辛い記憶は、そう簡単に払拭できるものではない。

 すがるようにそっと触れてくる玲熙の手を背中に感じた丞は、ビスクドールのように可憐な顔を強張らせている桜姫を見て、思わず視線で宙を仰いだ。

(──どうやら、こっちもかなり世間知らずな箱入り娘らしい)

 どちらかと言えば、万事控えめな深窓の姫君、それこそ源氏物語に出てきそうな雰囲気のある玲熙とは対照的に、美聖はヨーロッパ貴族の令嬢といった感じである。

 才色兼備であり、行動力もあるのだが、勝ち気で我が儘なお嬢様──儚く散りゆく桜というよりは、棘のある薔薇の方が似合うだろう。

 桜は玲熙にこそ相応しいと丞は思うのだが、桜坂という名字から、皆一様に彼女の事を「桜姫」と呼んでいた。

 そこまで考え、丞ははたっと玲熙が「男」であることを思い出した。

 幽艶な美貌に惑わされてしまうが、隠岐宮玲熙は男であり、「姫」にはなりえない。

 同性であることが信じられないほど、たおやかで儚げではあるのだが……。

 苦笑した丞は、3人を待っていた要に会釈を返した。

「こんにちわ、要さん。玲熙から、何か話があると聞きましたが」

 要は自分に用があって会いに来たのだと告げるように、丞は桜姫とその親衛隊の前で挨拶した。

 丞の言葉を聞き、要は穏やかに微笑んだ。

「ああ、君に話しておきたいことがあったんだ。
 詳しい事は竜泉閣ホテルのラウンジで話そうと思ってるんだが、時間はあるかな?」

「急ぐ用事があるわけじゃないから、1時間ぐらいなら大丈夫ですよ。
 夕食の買い出しついでに、ナナシの散歩に行かなきゃいけないぐらいですから」

 融からひっきりなしにバスケ部へと勧誘されているのだが、何故かずるずると帰宅部を続けている丞は、最近は時間にかなりの余裕を持つことができていた。

「あの子犬はずいぶん大きくなったって、玲熙さんから聞いたけど」

「やんちゃ盛りなもので、悪さし放題なんです。
 躾ている最中なんですけど、まだまだ前途多難で──」

 呆れるほど呑気な世間話を丞と要が交わしている間に、玲熙と融は、桜姫の目の届かない車の影に逃げ込んでいた。

「あ〜、助かった……何かさ、俺達って、蛇に睨まれた蛙って感じじゃない?」

 後部座席ドアの前で座り込んだ二人は、こそこそと会話を交わした。

「──女の子たちのあの視線の中で、普通に会話できる丞と要って……凄いよね」

 自分だったら緊張してしまって、きっと何も言えなくなってしまうだろうと思い、玲熙は素直に感心してしまった。

「二人とも、注目されることに慣れてるからさ。
 要さんは弁護士だから当然だけど、丞はほら、ずっとバスケ部のエースやってたから、女の子の黄色い声援に囲まれてたんだよ。
 でも、玲熙だって、舞を舞う時は注目されていても平気だろ?」

「うん……でも、あれは面をつけてるし、僕じゃないものになってるからね」

 玲熙がそう言うと、融は納得したようにうなずいた。

 その時、二人の方へ回り込んできた要が、怪訝そうに訊ねた。

「──いったい、何をしているんですか、あなた方は?」

 驚愕して声を上げてしまった玲熙と融は、互いに顔を見合わせ、不思議そうにしている要と丞の顔を見上げると、思わず笑い出してしまったのだった。