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舞の贄



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 恐る恐る立ち上がった融が、辺りを確認するように見渡した。

「──要さん、桜姫は?」

「ああ、桜坂のお嬢さんなら、校内に戻っていきましたよ」

 要がそう答えると、融はあからさまにほっとため息をつき、呆れたように苦笑している丞の顔を見上げた。

「やっぱり、おバカなんじゃないのか、あの人。
 般若みたいな顔で、玲熙の事、ぎろって睨んでいたぜ」

「……学校の成績は、おまえよりも遙かに優秀なはずだがな」

 困惑した表情で地面に座り込んでいる玲熙を見下ろした丞は、融に向かってそう言いながら、手助けをするように片手を差し伸べた。

「すまないな、玲熙──どうやら俺が、大嘘をついたらしい。
 桜姫は、予想以上に難物みたいだぞ」

 そう謝りながら、励ますように笑う丞を見返し、玲熙は少し照れたように微笑むと、その差し伸べられた手を取った。

「睨まれるのは、もう慣れちゃったから……やっぱり、怖いけどね」

「そうだよな、こえーよな、あの綺麗な顔だから余計に。
 ついでに桜姫の傍にいる親衛隊もみんな、同じように睨んでくるんだもんな。
 ほんと、たまんないね〜」

 盛り上がっている高校生3人を静かに見守っていた要は、その怜悧な瞳をすっと沖月島の方に逸らすと、端整な唇に自嘲するような微笑を刻んだ。

 しかしすぐに淡々とした口調で、明るい笑顔を見せている玲熙に話しかけた。

「──玲熙さん、申し訳ありませんが、今日はこのまま、融と一緒に車で帰ってください」

 はっと驚いたように要を振り返った玲熙は、不思議そうに首を傾げた。

「……今日はバスで帰ろうかって言っていたんだよ。
 それでも、車で帰らなければならないの?」

「はい。先ほど、本家の方に榊志熙(サカキ シキ)様が到着しました。
 今後、鬼塚森神社の宮司をお願いすることになりましたので、玲熙さんからもご挨拶をなさってください。
 宮司は代々の当主が務めることになっておりますが、今回は異例の措置となります。
 たとえあの方が隠岐宮家の代表として立たれても、あなたが一族の柱であることには違いはないのです」

 事務的な口調で説明する要を、玲熙はやや恨めしげな瞳で見つめ、やがて諦めたように深いため息をついた。

「──判った、車で帰るよ。
 それで、これから要はどうするの?」

「丞君と一緒に、竜泉閣ホテルのラウンジに行きます。
 あそこ以外の場所では、人の耳が少々気になりますからね」

 要の言葉を聞き、玲熙は同意したようにうなずく丞の顔を見上げると、やがてこくりと小さくうなずいた。

「じゃあ、二人をホテルまで先に乗せていくよ。
 その方がいいよね。
 ──迎えの車はどうする?」

「タクシーで帰りますからご心配なく。では、参りましょうか」

 玲熙を促すように後部座席のドアを開けた要は、他の二人にも車に乗るように指示すると、自分は助手席側へと回った。



 鬼ヶ浦に面する壮大な白亜のホテルは、桜坂グループが経営する総合アミューズメントセンターの施設をも兼ね備えていた。

 著しい過疎化が進む山陰地方の活性化を促すため、桜坂グループの創始者が建設させたらしい。

 それは、現在は前線を退き、グループの相談役になっている前会長桜坂栄造の最後の命令であったと言われていた。

 この桜坂栄造は、桜坂グループを一代で興した人物であり、その華々しいサクセスストーリーが沖月島でも有名であった。

 竜泉閣ホテルの一階にある広いラウンジで、丞は要と共に窓際のテーブルに座った。

 ラウンジの豪華で荘重な雰囲気は、あたかもヨーロッパの一流ホテルを思わせた。

 しかし、鬼と化した隠岐宮晴熙の妖力で引き起こされた大地震によって、煌めくシャンデリアが砕け散り、ラウンジの窓が木っ端微塵に破壊された光景をまざまざと覚えているだけに、丞の目にはそこが非日常的な、作り物めいた空間に見えた。

「──それで、俺に話って何です?」

 ウェイトレスにコーヒーを注文をした後、丞は単刀直入に話題を切り出した。

 要は丞の顔を見つめた後、ふっと口許に穏やかな微笑を浮かべた。

「君には、長々とした前置きは必要なさそうだね」

 わずかに皮肉っぽい要の言葉に、丞は苦笑して肩をすくめて見せた。

「気が短いのは、どうやら生まれつきらしくて」

「それが悪いってわけじゃないけど、交渉相手によっては気を悪くする人もいるだろう。
 しかしまあ、君たちにはまだ必要ないだろうが。
 さて、では遠慮なく、さっそく用件に入ろうか」

 注文したコーヒーが運ばれ、ウェイトレスがカップをテーブルに置き、立ち去るまでの間、要はしばらく沈黙していた。

 そしてウェイトレスが下がると、何の感情も読みとらせない声音で話し出した。

「今日、竜桜学園にアルラウド・ローウェルという留学生が来たのは、すでに君も知っているだろうね?」

 丞は微かに眉根を寄せ、思い出したようにため息をついた。

「ええ、もの凄い騒ぎでしたよ──特に、女の子たちがね」

「君が転入した時も凄かったと聞いているよ。
 それはそうと、その留学生は、桜坂グループの会長が懇意にしているローウェルグループの会長から直々に頼まれ、竜桜学園に留学手続きをしたらしい。
 このアルラウドはローウェル会長の次男坊でね。
 あまり大きな声では言えないが、非常に問題が多いらしい」

 そこで要は、嘆かわしいというように深いため息をついた。

「私としては、この問題児を、ただでさえ問題の多い竜桜学園に入れるのは、あまり賛成ではなかったんだよ。
 しかし会長命令に逆らえる者は、学園には1人もいない。
 理事長も学園長も、ただ言われるがまま、彼の留学を認めたようだから。
 ──実際のところ、アルラウドを留学させるのは、羊の群にライオンを紛れ込ませるようなものなんだ」

 そして要は丞の琥珀色の瞳を見返すと、にこりと微笑んだ。

「ところが、調査してみるとね、意外な事が判った。
 君が、あのアルラウドと交流があったということだよ」

 優しく穏和な微笑に見えはしたが、その瞳は虚偽を見逃さないというように研ぎ澄まされている。

 言い逃れはできないと悟り、丞は唇を皮肉っぽくつり上げた。

「やはり、ばれていましたか。
 だが、俺がアルラウドの留学を知ったのは、今日の事です。
 それ以前に、あいつが日本留学をするなんて話は、聞いたこともなかった。
 それに──アルラウドとは中三の時以来、ずっと音信不通だったんです。
 そもそも俺は、アルラウドが死んだものと、今日まで思っていたんだから。
 あいつの姿を見て一番驚いたのは、多分、この俺です」

 丞の話を聞いていた要は、納得したようにうなずいた。

「──なるほど、では、その後の事情は、君よりも私の方が詳しいだろう。
 アルラウドは、その事件で奇跡的に一命を取り留め、イギリスにいる母親の屋敷に療養目的で引き取られたんだ。
 彼の父親、サイラス・ローウェルは、事件の犯人を逮捕するため、彼の生存を内密にしたまま、マスコミには死亡したと報道させた。
 アルラウドの葬儀まで行ったのだから、誰もが彼は死んだものと思っただろう。
 体調が快復してからも、アルラウドはずっとイギリスに滞在したままだったからね。
 そこでは全く問題は起こしていないが、急に日本留学する気になった事が気がかりだ」