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Sexy Doll


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 僕の名前は真那、ニューハーフパブ「クリスタルローズ」で働いているホステスである。

 年齢は20歳、いつもお客さんからは「可愛い真那ちゃん」と呼ばれている。


 そもそも、僕は幼い頃から、自分がどうしても「男」だとは思えなかった。
 ピンクのお洋服は大好きだし、ズボンよりもスカートがはきたかった。
 幼稚園児代のオママゴトだって、本当はお母さん役がやりたかったのだから。

 僕の本名は今泉 忍(イマイズミ シノブ)という。
 本名だって、男でも女でも通用する名前かもしれない。
 でも、僕はこの名前が嫌いだった。
 何が嫌いって、漢字と響きが可愛くない。
 忍耐の忍なんて、僕の性格には完全に合っていないし、これからだって何かをじっと我慢するなんて絶対にないだろう。

 幸いな事に、僕の顔は誰から見ても「可愛い」という顔だった。
 昔からよく「天使みたいね」と言われては、僕は心底喜んでいた。
 にこにこ笑っていれば、みんなが優しくしてくれて、ちやほやしてくれる。
 それが何より嬉しかった。

 僕の初恋は13歳の時で、相手はもちろん男だった。
 5歳年上の兄、豊(ユタカ)の家庭教師で、東大医学部の学生だった桐島律哉(キリシマ リツヤ)だ。
 僕の母親は地元でも有名な産婦人科医で、父親は精神科医だった。
 出身は二人とも東京大学医学部。
 当然、兄貴は医学部を目指していたし、律哉さんを家庭教師につけたのはそういう理由からだったらしい。

 豊は、僕の自慢の兄であったが、本当に何から何まで違うため、少し違和感もあった。
 常に成績はトップであり、運動神経も抜群である。
 父親に似て男らしく、がっしりとしており、我が兄ながら惚れ惚れするほどハンサムだった。


 幼稚舎から大学までのエスカレーター校であったから、僕の進学した中学は、当然兄とも同じであった。
 僕を取り巻く状況が変わったのは、中学に入ってからだった。
 成績は平凡で、下手をすると下から数えたことが早いこともあった僕を、教師や同級生、そして先輩たちはいつも豊と比べた。
 あれほど小学校では可愛いと誉められていたのに、今度は「男のくせに……」というセリフをよく耳にするようになったのだ。

 僕はショックだった。
「おまえの取り柄は、その女みたいな顔だけだな」
 どうして、みんな急にそんなに態度が変わってしまったの?
 女子と話していると、「女みたい」と言われて男子から煙たがられた。
 そして女の子だって、自分たちより可愛い僕を妬んだのか、急に無視をされるようになった。

 泣きながら帰った僕を、しかし優しく出迎えてくれる家族はいなかった。
 父も母も、診察で忙しくしてるし、兄だって部活や塾で遅くなる。
 僕は一人で泣きながら、そのまま眠ってしまうことがあった。

 そんな時、たまたま公園で泣いていた僕を、偶然通りかかった律哉さんが見つけたのだ。
「どうしたんだい、忍? 誰かにいじめられたの?」

 律哉さんは背が凄く高くて、僕から見れば十分に大人の男だった。
 優しくて、ハンサムで、頭が良くて、本当に完璧な男だと思ったのだ。

 涙腺がバカになり、僕は律哉さんにしがみついて泣き出した。
 それこそ涙が枯れ果てるまで泣いたような気がする。
 そんな僕を、律哉さんは背中を優しくなでで、ずっとそのまま抱きしめてくれていた。

「──みんなが、僕の事を気持ち悪いって言うんだ。
 女みたいだって。
 いつも豊と比べられて、男らしくないって言われるんだ」

 すすり泣きながら僕が告白すると、律哉さんは優しく微笑みながら訊ねてきた。

「忍は、男らしくなりたいの?」

 その優しい声に、僕は思わず本音を漏らしてしまった。

「……僕、男らしくなんて、なりたくないよ。
 どうして女の子に生れてこなかったんだろう。
 そうすれば、ずっと可愛いねって言ってもらえたし、弱くても許してもらえたでしょう?」

 律哉さんは、ぽんぽんと僕の背中を叩き、顔を覗き込んで言った。

「忍は可愛くていいんだよ。だから、そのままで平気なんだ」

 僕は、ずっとこの言葉を聞きたかった。
 それを大好きな律哉さんに言ってもらえて、僕は完全に夢見心地になり、彼に恋をした。

 その時、僕は決心した。
 律哉さんの隣にふさわしい、パーフェクトな女になろうと。

 僕は間違って生れてきたのだ。
 本当は女の子だったのに、神様が間違えて、男の器に僕を入れてしまった。
 間違えたのなら、本来の姿に戻せばいい。
 いったん決意すると、僕の行動は素早かった。

 医者家族である今泉家には、大量の医学書が置いてある。
 僕はそれで、女になる方法を必死で探した。
 方法はいろいろ見つかった。
 ──ホルモン剤の投与、去勢手術。
 究極は男の象徴を完全に切り取り、女性器を人工的に作るという手術だった。

 さすがに中学生では、いきなり手術というのは無理だろう。
 本当はすぐにでも切り取ってしまいたかったのだが、どう考えても無理なので諦めた。

 今すぐできて効果的なのは、女性ホルモンの投与だった。
 僕はその方法に狙いを定め、徹底的に調べ始めた。

 夜遅くまで部屋で医学書を読んでいる僕を見て、両親は喜んだ。
 「やっとやる気になったのね」
 母は珍しく夜食まで持ってきてくれたりした。

 もともと母親そっくりの美貌を受け継いだ僕は、彼女からペットのように溺愛されていた。
 兄を愛するのとは違う感情らしく、どうも自分の分身のように考えているらしかった。
 その息子がいきなり医学に興味を持ち始めたのだから、喜ぶなという方が無理だろう。

 小遣いには不自由していなかった僕は、美容にも気をつかいはじめた。
 お肌に紫外線は大敵なのだ。
 日焼け止めはもちろん買ったし、女性雑誌も買った。
 できるだけ女の子っぽく見える服装をして本屋に行ったから、店員も不思議には思わなかったらしい。

 爪をヤスリで磨いたり、ハンドクリームで手荒れを防いだり、基礎化粧品の情報を徹底的に調べてみたり。
 これに関しては、親が寝静まった頃に、こそこそとやっていた。
 本当は10時には寝たかったのだが、とてもじゃないけれど、そんな時間には眠れなかった。

 ホルモン剤は、呆気ないほど簡単に手に入った。
 必要なものは全て、家にあったからだ。これはラッキーだった。
 母親が産婦人科医でかなり得をしたと言えるだろう。
 声変わり前にホルモン投与しておけば、声変わりだってなくなる。

 いろいろな情報をもとに、僕は最初は錠剤を選ぶことにした。
 さすがに注射を自分で打つというのは怖かった。

 最初に飲んだものが僕の身体に合っていたのか、そんなに負担は感じなかった。
 ゆっくりではあったが、身体が変わっていくような気がした。
 髪も柔らかく艶々になったし、肌のキメもさらに細かくなったようだ。
 なんだか色が白くなったような気もするし、微かではあるが、胸も大きくなってきた。

 僕は自分の成果に満足していた。
 クラスメイトも僕の変化に気づいたのか、恐る恐ると話しかけてくるようになった。
 女子は「スキンケア、何かしてるの?」と良く訊いてくるし、男子にいたっては傑作だった。

 僕をいじめていた急先鋒の男子が、じっと見つめてやると、赤くなって視線をそらしたのだ。
 ──僕の勝ち。
 僕は内心で躍り上がって喜んだ。

 医学書を熟読した成果もあった。
 洋書も片っ端から読んだから英語力は飛躍的にアップしたし、理科の特に生物分野はほぼパーフェクトだった。

 両親も喜んだし、教師も喜んでくれる。

 このままいけば、全て上手くいく。

 その事件が起きるまで、僕はそう信じて疑わなかった。