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今夜、あなたの猫になる



<13>



 訳の判らない興奮に包まれながら、大貴はハイボール入りのグラスを庄領に差し出した。

 ウィスキー・オン・ザ・ロックをダブルで注文していた男は、もう一度嘆息をもらし、応じるように軽くグラスを合わせる。

「……『サマ』は余計だ。千晴でいい」

 物憂げな黒瞳が、不意に恐ろしいほどの艶をはらんで底光りする。

 その眼差しにドキリとした大貴は、軽薄な笑みを顔に貼り付けたまま、言い返した。

「あんたを呼び捨てにすると、ヤバイ気がする。
 ますます距離感が無くなりそうで……」

「──どうして? 怖いのか?」

 そう言って微笑んだ男の色気に当てられ、大貴は思わず身を引きそうになった。

 近くにいた女たちが息を飲む気配を、まざまざと感じる。

「べ、別に怖い訳じゃない。
 ただ、俺はノンケだから、『ファロス』のメンバーとは、あんまり関わりたくない」

 そしてその本音の裏では、このままずるずると、禁断の園に引きずりこまれてしまいそうな不安を感じているのだ。

 しかし、それについては触れず、大貴は何気ない素振りで周囲を見回した。

 バーのあちこちから注目を浴びているせいか、どうにも居心地が悪い。

 男同士のカップルのために、何故、倶楽部『ファロス』が創られたのか──その理由が、何となく判るような気がした。

 ところが庄領は、周りから送られてくる秋波には気づかない様子で、じっと大貴の顔を見つめている。

 その目つきはどう見ても、年の離れた部下や後輩に向ける健全なものではなかった。

「ところで、君はアレルギーと言っていたが、何のアレルギーなんだ?」

 深追いされずに大貴はほっとしたが、その問いに答えるのは何やら気恥ずかしかった。

「……笑うなよ。『女子アレルギー』ってやつなんだ」

 憮然としながら答えると、庄領は訝しげに片眉をつり上げた。

「何だ、それは?」と言わんばかりの表情に、大貴は仕方なく経緯を語った。

 原因となった元カノの事も、何故かあまり抵抗無く話していた。

「……なるほど。それで『女子アレルギー』か。なかなか大変のようだな」

「だろ? この若さでそんなのになったら、この先どうすんだって感じで。
『ファロス』でバイト始めたのも、あそこが男限定な場所だったからで、別にその気があったわけじゃねーし」

 公共の場であることに少々遠慮して、大貴はできるだけ曖昧な表現で喋っていた。

 ところが庄領は、端整な唇をつり上げると、誘惑するような妖しげな眼差しを向けてきた。

「試してみようとは思わないのか?
 男を相手に、自分がどこまでできるか」

「そーゆー事を言わないでくれます?」

 頬を紅潮させ、大貴が視線をそらすと、庄領は微笑んだままグラスを揺らした。

 氷がカランと小さく鳴り、その響きに惹かれるように手元をちらりと一瞥すると、男の長い指先が視界に入った。

 その手が自分に何をしたのか──思い出した途端、大貴はざわりと血が騒ぐのを感じ、慌ててグラスの中のアルコールを一気にあおった。

「だが、女性がダメなら、仕方がないだろう?
 試してみて男もダメなら、諦めるしかないが」

「そりゃ、そーですけどねー」

 ほとんど投げやりに呟いた大貴は、急に猛烈な睡魔に襲われ、瞬きを繰り返した。

 引きずり込まれるような酩酊感に、頭の芯がくらりとぶれ、全身から力が抜けてゆく。

 次第に重い頭を自力で支えられなくなり、庄領の肩にことんと寄りかかった大貴は、呂律の回らない声で呟いた。

「……オレ…らっれ…なやんれんらよ。
 ──あんらには……わかんねぇ……らろーけろ…よ」

「──大貴?」

 耳元で響く低い声にうっとりとして、目を瞑った大貴は、ふうっと長い溜息を吐き出した。

「……オレらっれなぁ……えっち……しらいよ。
 あらりめーじゃん……わかいんらから……」

 何を口走っているのか、自分でも良く判らないまま、頭がどんどん睡魔に侵蝕されてゆく。

 ずるりとスツールから滑り落ちそうになった途端、力強い腕が頽れる躰を抱き留めた。

「やれやれ……世話の焼ける『猫』だ」

 ぐったりとなった躰を支えてくれる腕に身を任せていた大貴は、溜息混じりの呟きを聞いていた。

「──すまないが、部屋を取ってくれないか?」

「かしこまりました」

 バーのスタッフと交わす男の声を最後に、大貴の意識はぷつんと途切れてしまった。



 背中を包み込むような温もりが、心地よい安堵をもたらす。

 肌寒さを感じる空気の中で、大貴は無意識に、その温もりへとすり寄っていた。

 ふっと首筋にかかった吐息をくすぐったく感じたが、眠りを破られることはなかった。

 だが、腋の下から、するりと胸元に回された手が、小さな乳首を優しく弄り始めると、淫靡な熱が躰の奥で揺らめいた。

「……ぅ、うう…んっ……」

 耳や首筋に触れる濡れた刺激が、はっきりと感じられるようになる頃には、大貴の意識は覚醒に導かれていた。

 のろのろと瞼を開けながら、仰向けに寝返りを打とうとしたが、重石を乗せられたように躰が動かなかった。

「──おはよう、大貴」

 そして、ダイレクトに鼓膜を直撃する甘い美声。

 ぞくりと鳥肌が立った瞬間、大貴ははっとして、くつくつと笑いながら見下ろす庄領の顔を見つめていた。

「……な、なっ、なっ…何でっ!?」

 激しく動揺し、一瞬パニックに陥る。

 あり得ないシチュエーションだった。

 自分も庄領も真っ裸で、抱き合うようにして、同じベッドに寝ている。

 昨夜の記憶が全く無かった。

 もっと正確に言えば、ホテルのバーに入ったところまでは覚えているのだが、そこから先の記憶がすっぽりと欠落している。

「まっ……まっ…まさかっ……!!」

 泥酔してしまった自分は、隣にいるギリシャ彫刻のような男にお持ち帰りされ、あえなくいただかれてしまったと言うことだろうか?

 ところが、ベッドに肘を突いて、大貴の狼狽える様を見つめていた庄領は、ひどく切なげな顔で溜息をついた。

 その表情に何故か罪悪感を覚え、大貴は硬直した。

「心配するな。酔っぱらいを襲ったりはしない。
 突然君がバーで寝入ってしまったから、仕方なくホテルの部屋に運んだだけだ」

「──ホッ……ホテル…ッ?」

 がばと上半身を起こした大貴は、きょろきょろと部屋の中を見回した。

 豪華で広々とした寝室は、確かに自分の狭いアパートではない。

 重厚なカーテンが閉め切られ、フットランプの明かりだけしか灯っていないが、高級感漂う雰囲気は十分過ぎるほど感じ取れた。

「君と行ったバーが入っているホテルだ」

 事も無げに答えた庄領を茫然と見返し、大貴はもう一度、部屋の中を見回した。

 バーが入っていたホテルは、最近になって建てられたばかりの世界ブランドな高級ホテルだった。

 一見するとホテルとは判らないような広い寝室は、どこぞの豪邸のようにも思える。

 安く泊まれるような部屋でないことは、一目瞭然だった。

 パニックが治まると、じわじわと安堵が押し寄せてきた。

 ほっとしながら、ふと露わになっている股間を見下ろすと、最近では珍しく、元気良く朝勃ちしている姿が目に入った。

「元気じゃないか。少なくとも、EDじゃないな」

 羞恥に顔を赤らめた大貴に、庄領はからかうような口調で囁くと、するりと長い腕を伸ばして自己主張する屹立に触れた。

「バっ…バカっ……触るなよ!」

 男の手を振り払おうとしたが、竿を扱かれた瞬間、力が抜けた。

「『EDじゃない』とか、『えっちしたい』とか……いろいろ寝言を言っていたぞ」

 庄領がくすくすと笑い出すと、醜態をさらした恥ずかしさで真っ赤になった大貴は、体勢の利を生かして、男の躰にのしかかっていた。

「──あんただって……勃ってるじゃねえか」

 仕返しをするように、庄領の男根をつかんだ大貴は、掌の中の太く、逞しい雄がビクと脈動するのを感じた。

「当たり前だ。一晩中、焦らされ続けたからな」

 快楽を求める悩ましい吐息をもらし、庄領は濡れたように黒々と光る双瞳を細めた。

 その顔がいやに色っぽく見え、大貴は急に心臓の鼓動が速まるのを感じた。

「大貴……お前の手で、イカせてくれ」

 直情的で卑猥な誘惑は、大貴の欲情にも火を付けた。

 だが、男相手では全くの未経験──戸惑いが羞恥を刺激し、大貴はそのまま動けずに固まってしまった。

「私がやってやろうか?」

 悪戯っぽく笑い、庄領が手を差し伸べる。

 瞬く間にリードを奪い返されていた大貴は、二本のペニスを擦り合わせるようにして扱かれると、すぐに腰を揺らめかせた。

「……ふあっ…あっ……うっ、ううっ……」

 庄領の上に跨ったまま、昂ぶった欲望を扱かれる感覚は、ひどく倒錯的な快感を生み出してゆく。

 男を犯しているようにも思え、逆に征服されているようでもあった。

 手の動きに合わせるように腰を振ると、その反応を愉しむように、庄領が妖しく微笑んだ。

「いい顔をする。私も煽られそうだ」

「……バカ……言うな…っ……ああぅ…っ!」

 息が乱れ、あっという間に限界が訪れる。

 仰け反るようにして達した大貴は、腰骨にまで響く射精の陶酔に恍惚となった。