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今夜、あなたの猫になる



<15>



 うつ伏せになって、枕に顔を埋めていた大貴は、そろそろと片手を臀部へ伸ばした。

 ごくっと唾を飲み込み、思い切って肛門に触れる。

 感覚が薄くなっているそこは、まだ男の太い楔が挟まっているのかと錯覚するほど痺れてしまっている。

 だが幸い、我慢できないほどの痛みは無く、裂けている様子も無かった。

 その時、寝室のドアが開き、バスローブ姿の庄領が入ってきた。

 シャワーを浴びた直後なのか、ふわりと漂う湯気とともに、清涼なシャンプーの香りが流れ込んでくる。

「……まだ、もの足りなかったのか?」

 情欲の消えた静かな声でそう言った庄領は、硬直してしまった大貴の傍に腰を下ろした。

「──ちっ……違うから! これはっ…その……」

 自分で尻を弄っている姿を目撃され、その凄まじい恥ずかしさに、大貴は赤面した。

 すると庄領はくすりと微笑み、情交の名残が色濃く滲む後孔に指先を這わせた。

「ぅあっ……あっ……」

 ほとんど抵抗なく、ぬるりと吸い込まれた指の感触に、大貴はきつく眉根を寄せた。

 庄領の指が蠢くたびに、内部に残った粘液が掻き乱され、グチュグチュと淫らな水音を立てる。

「も、もう、止めてくれ……痺れてて、気持ち悪いから……」

 体力を消耗しているせいか、文句を言う声にも力が出なかった。

「君の姿を見たら、また欲情してきた。だが、あまり無理はさせないでおこうか」

 庄領の言葉にぎくりとし、すぐにほっとする。

 ところが、まだ内部に沈んでいる指が、その一点を刺激した瞬間、感電したように腰が跳ねた。

「……ひうぅッ!」

 声が裏返り、躰に震えが走る。

 萎えきっていた自身の尖端にまで、電流が通り抜けたように感じた。

「大貴……次の週末も、私と共に過ごすと約束してくれないか?」

 穏やかな声でそう問いかけながらも、庄領の指先は大貴の弱点のすぐ傍にあった。

「──お、脅すのかよ?」

 内心で激しく狼狽えながら、大貴がきつい眼差しを向けると、庄領はミステリアスな微笑を浮かべた。

「そういう訳ではないが、約束してもらえなければ、私は不安で、我慢できなくなる。
 君を帰したくなくなるかもしれない。
 私は我が儘だと言っただろう?
 本当はすぐにでも、ここで……君ともう一度交わりたい」

 恥知らずにも、庄領は埋め込んでいた指を卑猥に出し入れし、明け方の交合を思い出させようとした。

「やっ…やめてくれっ……わ、判った…からッ!」

 痺れていてさほど感じなくなっていたが、じわじわと妖しい感覚が広がるのを感じて、大貴は叫んでいた。

 今は白旗を上げるしかない。

 抵抗すれば、本当に何をされるか判らなかった。

 そして結局、言いなりになってしまうのは目に見えている。

 すると庄領は、大貴の推測を裏付けるように、いかにも残念そうに溜息をついた。

 そして、まだあまり力が入らない大貴を仰向けにすると、その上にのしかかってきた。

「……ちょ、ちょっと待て! 止めるんじゃないのかよ!」

 大貴が慌てて声を上げると、庄領は不敵な微笑を浮かべながら、そっと囁いた。

「心配するな──キスだけだ」

 その言葉通り、大貴の唇は奪われた。

 深く重なった唇が結ばれ、あっという間に歯列の関門が破られる。

 侵入を許した大貴は、絡みつく舌の蠢きに翻弄され、息を喘がせていた。

「……んううっ…うっ……」

 抗うように男の肩を押し退けようとすると、両手を掴まれ、ベッドに磔にされる。

 互いの指を絡め合いながら、唇を貪られていると、頭の芯が朦朧となってゆく。

 ぴちゃぴちゃと鳴る水音が、ひどく生々しく響いた。

「また……元気になったな」

 不意に、庄領の手が下腹に滑り、大貴のペニスを優しく愛撫した。

 まだ勃起する精力が残っていたことに驚きつつ、キスに反応してしまったことに大貴は顔を赤らめたが、顔を背けようとすると、顎を押さえられた。

「私もだ。ほら……握ってごらん」

 導かれた先には、硬く昂ぶった雄がすっかり鎌首をもたげている。

 驚いて目を瞠ると、庄領は黒瞳を細めながら溜息をつき、大貴の唇にキスを落とした。

 再び互いの舌を絡め合わせながら、夢中になって相手のペニスをしごく。

 異様な高揚に煽られながら、大貴は男の喘ぐような荒い息づかいを感じていた。

 憎らしいはずなのに、たまらなく興奮する。

 そして、同じように喘ぎながら、自分もまた絶頂へと駆け上っていった。



「──アンズ! ごめん! 大丈夫だったか?」

 空腹を訴えるようにニャアニャア鳴きながら、足許にすり寄ってきた愛猫を、大貴は腕の中に抱き上げて、何度も何度も謝った。

「ごめんな〜、アンズ。お腹空いたよな〜」

 何はともあれ、餌をやらなければ──。

 靴を脱ぎ散らかして、大貴はバタバタと慌ただしく部屋の中に駆け込んだ。

 餌を催促するアンズにキャットフードを与えると、ようやく安心して、ほっと溜息をつく。

 気がついたら、正午を回っていたのだ。

 性欲に溺れ、爛れた時間にどっぷりと浸かっている間に、可愛い一人娘は、お腹を空かせて、ひとりぼっちで待っていたのだ。

「アンズ、ホントにごめんな。俺を許してくれ」

 ガツガツと、飢えたようにフードに食らいついているアンズの傍にしゃがみ込み、大貴はさらに許しを請うた。

 その時、背後で呆れたような声が響いた。

「換気をした方がいい。窓を開けたらどうだ?」

 完全に素に戻っていた大貴は、あまりにも場違いに見える男の姿に呆気に取られた。

「……あんた、まだいたの?」

 玄関ドアに寄りかかり、大貴の様子を見つめていた庄領は、その薄情な言葉を聞いて片眉をつり上げた。

 アンズに気を取られ、すっかり存在を忘れていたが、大貴をアパートまで送り届けてくれたのは、他ならぬ庄領だった。

「あー、もう。めんどくせーな。
 気になるなら、自分で開けてくれ。
 俺は今、非常に忙しい」

 ここで一番重要なのは、可愛い一人娘の世話をしてやることで、男の機嫌を取ることではない。

 そもそも、こんなに遅い朝帰りをする羽目になったのは、精力絶倫な男に離してもらえなかったからだ。

 アンズのことを忘れていた自分も悪いが、朝っぱらからさかる庄領が一番悪い。

 ところが、元凶となった男は、遠慮もせずにさっさと部屋の中に上がり込み、道路に面した窓を大きく開けはなった。

 玄関と窓が開放されると、部屋にこもっていた熱気や臭気が風に流されていく。

 マメに猫トイレを掃除しているとはいえ、蒸し暑くなると、やはり多少は臭うのだ。

 ところが、ユニットバスに置いた猫トイレを片付けに行った大貴は、いつもより部屋の中が臭い理由を悟った。

 普段は綺麗にトイレを使うアンズが、今日は何故か、コロコロの糞をトイレの外に飛び散らせている。

「やっぱり、寂しかったんだよな〜」

 心から申し訳ないと思い、大貴が愛猫の排泄物をせっせと片付けていると、それを見ていた庄領が呟いた。

「……ただの嫌がらせじゃないのか?」

「アンズは、あんたみたいに、性格悪く無いから!」

 大貴はそう断言すると、毛づくろいを始めたアンズの傍にしゃがみ込み、両手を合わせて謝った。

「ごめんな、アンズ。今日から、ちゃんと早く帰ってくるから、許してくれ!」

 ところがそれを聞きつけ、庄領が溜息をつく。

「私との約束を忘れるなよ」

「……忘れてないけど、朝帰りはしない。
 文句あるなら、約束は全部無し!」

 立ち上がった大貴は、開けっ放しになっていた玄関を閉めに行った。

「そっちも網戸閉めて。アンズが逃げちゃうから」

 庄領にそう言いつけた大貴は、振り返った途端、部屋の狭さをしみじみと実感した。

 大の男が二人もいると、ワンルームは息苦しくなるような窮屈さだった。

「それにしても、安普請なアパートだな。
 壁も薄いし、声が筒抜けになりそうだ」

 網戸を閉めた庄領が、壁を軽く叩きながら、呆れたように呟く。

「……筒抜けになるなら、そういう事、言わないでくれる?
 大家さん、近くに住んでるんだけど」

 すると、一通り部屋の中を眺め回した庄領は、座り心地を確かめるようにベッドを叩き、椅子代わりにして腰を下ろした。

「引っ越す気は無いのか?
 この狭さでは、恋人を呼ぶこともできなかっただろう?」

「あんたから見れば、どんな家でも狭いんじゃねーのかよ。
 それに学生なんて、みんなこんなモンだろ」

 負け惜しみを口にしたが、図星を指された大貴はそっぽ向いた。

 その言葉通り、優衣をこの部屋に呼んだことは一度もない。

 彼女の部屋の方が広かったこともあり、いつもそちらへ通っていたのだ。

「セキュリティも全く無いようだし、一階の一人暮らしは危険だぞ」

 優雅に足を組んだ男が、窓の外に批判的な視線を向ける。

「男の家を襲うヤツがいるかよ」

 庄領が建築関係の仕事をしていたのだと思い出し、大貴は溜息をついた。