Rosariel.com
今夜、あなたの猫になる



<27>



 もつれ合うようにして欲情を発散させた後、息を乱していた大貴は眩暈を感じた。

 ぐったりとユニットバスの壁にもたれていると、敏感になっていた素肌の上に、泡立てられたボディーソープが触れる。

 庄領の長い指先が、首筋や胸元、そして下腹へと滑り降りてゆき、こびりついた白い残滓を洗い落としてゆくのだ。

 目を閉じたまま、えも言われぬ甘美な感触に身を委ねていると、不意に硬い爪が乳首の尖端を掠めた。

「……ああ…ッ」

 女のような高い喘ぎ声を立ててしまい、大貴は腹部を喘がせながら、悪戯っぽく笑っている男を睨みつけた。

 すると庄領は大貴の胸元に顔を寄せ、白い泡に埋もれている突起に唇を押し当てた。

「──ここも、この前より感じるようになったな」

 淫靡な光景を目の当たりにして、大貴は身をよじろうとしたが、歯を立てられた途端、ツキンと針で刺されたような刺激を感じて狼狽えた。

「……バ、バカッ! 止めろよ……いつまでこんな事……」

 恥ずかしさのあまり顔を紅潮させると、庄領はくすくすと笑った。

「さあ──時間が許すなら、いつまでも……だろうな」

 戯れるように囁いた男の顔を茫然と見返していた大貴は、もう何度目なのか判らなくなるキスに身を震わせた。

 その後、インターフォンが鳴らなければ、庄領の言葉通りになっていたかもしれない。

 だが、深まるキスを遮るように、「ピンポーン」と無粋な電子音が響くと、顔を離した庄領は少しむっとした表情で舌打ちをした。

「私が出る。お前はここにいろ」

 そう言い残し、バスタオルを腰に巻いて庄領が玄関に出て行くと、大貴はそのままバスタブの縁にしゃがみ込んでしまった。

「一時間経ったら、迎えに戻る」

 そして、秘書が持って来た着替えに身を包んだ庄領は、情欲の残り香さえ感じられない冷静な言葉残し、部屋を出て行った。

 大貴はまだバスタブの縁に座り込んでいたが、なかなか立ち上がれないでいた。

 男同士の遠慮の無さからなのか、理性の箍が外れたように、快楽に溺れてしまう。

 剥き出しになった神経を爪弾かれているように、快感の純度も高かった。

 雄の精臭が色濃く漂うユニットバスを出た大貴は、よろめきながらブリーフをはき直すと、乱れたベッドに躰を投げ出していた。

「やべえだろ……俺……盛りすぎ……」

 ベッドに残る庄領の残り香を嗅ぎ取り、大貴は無意識に躰をくねらせていた。

 マタタビを与えられた猫は、もしかすると、こんな風になってしまうのだろうか?

 全身がとろとろに蕩けているのに、末端の神経までが妖しく疼いている。

 心地よい倦怠感と陶酔に身を浸したまま、大貴は両目を閉ざして、息を吐き出した。

 相手が庄領だからなのか、それとも自分が生まれつき淫乱なだけだったのか、無理に躰を繋げなくても深く満ち足りた気分だった。

 そのまま、うとうとと眠り込みそうになった時、玄関のドアが音も無く開き、夜風がすうっと流れ込んできた。

 水を飲んでいたアンズが驚いて飛び上がり、弾丸のようにベッドの下に逃げ込んでしまう。

「……なんだよ。まだ一時間経ってねーぞ」

 庄領が戻ってくるには早すぎると思いながら、朦朧としていた大貴は、のろのろと顔を上げようとした。

 ところが、男の顔を確認するよりも早く、両手が後ろ手にねじり上げられ、ガチャンと手錠をかけられていた。

 突然の事に驚愕し、一瞬の判断が遅れる。

 声を上げようとした時にはすでに、口をガムテープで塞がれていた。

 ハッと首をねじって背後を振り返った大貴の眼に、アメコミヒーローのコスプレマスクを被った男の姿が飛び込んでくる。

 その口許には、ヒーローには似つかわしくない下卑た笑みが浮かんでいた。

 暴れようとした大貴の背中に、体重をかけて跨った男は、さらに動きを封じるように、折り曲げた膝をガムテープでぐるぐる巻きにしてしまった。

 完全に自由が奪われると、胸の中に恐怖が湧き起こった。

 男は大貴の目の前でナイフをちらつかせると、ぴたりと喉元に刃を当てた。

「大人しくしていろ。じっとしていれば、酷い事はしない」

 こんな格好をさせられている時点で、十分過ぎるほど酷い目に遭わされているのだが、冷や汗をかきながら大貴は同意するようにうなずいた。

 強盗なら、金になりそうな物を探して、そのうち出て行くだろう。

 逆らわずにじっとしていれば、いずれ戻ってきた庄領が見つけてくれる。

(だけど……あいつと鉢合わせしたらマズい)

 そう考えた途端、全身の血が引いた。

 いくら庄領が躰を鍛えていたとしても、この部屋に強盗が侵入しているとは夢にも思わないだろう。

 戻ってきたところを、傷つけられる可能性は高いのだ。

(……ちくしょう……冗談じゃねえぞ)

 どうにかして、庄領が戻ってくる前に、侵入者を追い出さなければいけない。

 自分の不甲斐なさに、大貴は思わずぎりっと歯噛みをした。

 ところがそんな予想を裏切り、侵入者は急に息を荒らげながら、しきりに大貴の臀部を撫で回し、両手で揉み始めた。

「……このいやらしい尻に、ずっと触りたかった。
 こんなに形の良い、そそる尻は、なかなか見つからないからな」

 ブリーフの上からとはいえ、弾力を確かめるように力を入れて揉まれると痛みが走る。

 だが、それよりも侵入者の言葉に、大貴は愕然としていた。

(──変質者かよ!)

 二回も痴漢被害に遭い、その上自宅にまで変質者が押し入ってくるとは、いったい何事なのか?

 ヒーローマスクの変質者は、高く突き上げるような格好に大貴の尻を持ち上げると、そのままブリーフをずらした。

 そしていきなり、ケータイカメラで、背後から写真を撮り始めた。

「この白い水着の跡が本当に卑猥でいい。
 さっきまで男を連れ込んでいたわりには、肛門も腫れてないじゃないか」

 双臀を指先で割り広げ、秘所にカメラを近づける。

 明るいシャッター音が響くたびに、大貴は屈辱に震えた。

 いつから自分を狙っていたのか判らないが、どうやらこの変質者は、庄領がこの部屋に来ていた事も知っているのだ。

 すると、大貴の推測を肯定するように、変質者は尻たぶを平手で打ちすえながら言った。

「発情した雌猫め! お前のいやらしい声が、俺にこんな事をさせるんだ。
 地下鉄の中でも、俺に触ってほしくて、誘っていたんだろう」

 スパンキングの痛みに呻きながら、大貴はぎゅっと瞼をつぶった。

(まさか……こいつが、あの時の痴漢か?)

 ずっと狙われていたのだと知り、ぞっとする。

 理不尽な言いがかりは業腹ものだが、口を塞がれていては反駁することもできなかった。

 だが、声を上げれば、変質者を喜ばせるだけだと思い、歯を食いしばって暴行に耐える。

 すると、全力疾走の後のようにハアハアと息を喘がせたマスクの男は、腫れたように疼く尻肉を左右に割り広げ、そこに顔を押しつけてきた。

「……うぅうっ……うぐっ……」

 双丘の狭間に鼻を押しつけられ、フンフンと犬のような鼻息を吹きかけながら、臭いを嗅がれる。

 その汚辱に呻いた大貴は、肛門を舌で舐められた途端、逃れようともがいた。

 ところが男は、強い力で双臀を揉みしだき、ぐいぐいと割り広げながら、後蕾や会陰に舐め続ける。

 おぞましい感触に総毛立った大貴は、死にもの狂いで身をよじらせ、変質者の口を振り払おうとした。

 だが、変質者は大貴の双丘に顔を埋め、唇をヒルのように吸いつかせたまま、きつく絞まった窄まりを尖らせた何度も舌先で突っつく。

「ヒクヒクしている……これが好きなんだな?」

 一人悦に入っている変質者を、必死で睨もうとした大貴は、指がそこに突き入れられた瞬間、悲鳴を上げないよう奥歯を食いしばった。

「……ヒッ…ぐううっ!」

──と、その時。突然、侵入者がギャッと悲鳴を上げた。

 大貴がはっと振り返ると、ベッドから離れた変質者が、床を睨みつけながら罵声を上げた。

「このっ……バカ猫がぁ!」

 どうやら、ベッドの下に潜んでいたアンズが、噛みつくか、引っ掻くかしたらしい。

 怒り狂った変質者は、小さなアンズを蹴り上げようとしたが、とっさに大貴はベッドから身を投げ出し、体当たりを食らわせた。

 不意を突かれた男は、体勢を崩して床に倒れ込み、ローテーブルでガツンと頭を打つ。

 ぐったりと動かなくなった変質者を見つめ、大貴は思わず顔を引きつらせた。

(……やべえ。死んじまったか?)

 二時間サスペンスドラマでよく見る光景が、自分の部屋で起こってしまった。

 さすがに肝が冷えたが、変質者の口から低い呻き声が上がると、安堵と共に、恐怖が再び蘇った。

 ふと見れば、男が手にしていたナイフが、床の上に転がっている。

 イモムシのように不自由な躰を動かし、大貴は尻でいざりながら、ようやくナイフの傍まで移動した。

 ところが、何とか後ろ手のままナイフを拾い上げても、そこから先どうすれば良いのか全く判らなかった。

 それ以上腕を動かすことができず、膝のガムテープまではナイフの刃が届かない。

 アクション映画だったら、関節を外すなりして、拘束を断ち切る展開なのだろうが、大貴の躰はそこまで柔軟にはできていなかった。

 その時、気絶していたはずの変質者が、低く呻きながら起き上がった。

 テーブルに打ち付けた頭を片手でさすりながら、ゆっくりと周りを見回す。

 変質者と目があった瞬間、大貴の全身にざっと鳥肌が立った。

(……やっ…やばいかも──!?)

 瞬きをした変質者の目には、激しい殺意が生まれていた。

 ところがその瞬間、ベランダに面した窓がガラっと開き、真っ黒な影が部屋の中に飛び込んできた。

 ぎょっと立ちすくんだ変質者の顎に、素早いパンチがヒットする。

 壁際に跳ね飛んだ変質者は、再び動かなくなった。

 その黒ずくめの男は、ぐったりとうなだれた変質者に近づき、冷静に首の脈を確認した。

 そして、完全に気絶していることを確かめると、ポケットから携帯電話を取り出し、彼はどこかに電話し始めた。

「──はい。無事に救出しました。遅くなって申し訳ありません」

 そして男は、通話状態を維持したまま、呆気にとられている大貴の耳元にそれを差し出してきた。

『……大貴。怪我はないか?』

 電話の向こうから流れてきた庄領の声に、大貴は思わず息を止めていた。