Rosariel.com
今夜、あなたの猫になる



<29>



 庄領に案内されて二階に上がった大貴は、雰囲気の違いに驚いた。

 一階は元の建物のクラシカルな雰囲気がそのまま残されているが、二階はもっとモダンで広々としたスペースになっていた。

「地下にはプールがある。好きな時に泳げばいい」

 何気ない庄領の言葉に、大貴はあんぐりと口を開けてしまった。

 プール付きの家というのは、外国の大富豪が住むものだと思っていた。

「アンズも、そろそろ出してやれ。窮屈な思いをしているだろう」

「でも、こんなに広いと、迷子になっちゃうかもな」

 いかにも高そうな家具で爪研ぎをしてしまわないかと少々心配しながら、大貴はアンズを出してやった。

 キャリーケースの外に出たアンズは、周りを警戒し、ビクビクしながら足を踏み出す。

 確認するように大貴の顔を見上げると、庭に面した大きな窓があるリビングを、そろりそろりと歩き回り始めた。

「しばらく探検すれば慣れるだろう──大貴、お前はこっちだ」

 愛猫の様子は気になったが、庄領に促され、大貴はその後についていった。

 リビングと続きになったドアを開けると、最初に目に飛び込んできたのは、一段下がった床に埋め込まれた大きな円形のジャグジーバスだった。

 天井まで届くガラス張りの壁、落ち着いたローズピンクの大理石が敷き詰められた床。

 一画にはバーコーナーもあり、その壁には巨大なモニターが埋め込まれ、ホームシアターになっていた。

 その反対側は、鏡張りの壁の前に洗練されたデザインの洗面台が二つほど置いてある。

 さらに、部屋を見渡す一段高くなった場所には、座り心地の良さそうな革張りのソファが置かれ、その辺りの床は毛足の柔らかいラグマットが敷かれていた。

「……ここって、風呂場?」

 バスルームというには、あまりに広々としていて、贅沢な間取りだった。

 アパートの窮屈なユニットバスに比べると、風呂場という概念が覆されてしまいそうな優雅な部屋なのだ。

「このリビングバスを造るために、二階は大がかりな工事が必要になった。
 ゲストルームを幾つか潰したが、この家は私のプライベートスペースだからな」

 そう説明した庄領は、カルチャーショックで夢見心地になっている大貴に向き直ると、頭から爪先へと視線を這わせていった。

 ねっとりと吸い付かれるような、飢えた雄の眼差しに、背筋がざわりと騒ぐ。

 大貴が思わず視線をそらすと、庄領は流れるような動きでうなじを捕らえ、驚愕に淡く開いた唇をキスで塞いだ。

「私が創り上げたこの空間で、ずっと猫が飼いたいと思っていたんだ」

「──ね、こ…?」 

 キスの合間に囁かれ、大貴は息を喘がせたまま聞き返していた。

「自由で気ままな美しい生き物だろう?
 気配も無く歩くから、決して静寂を乱さない。
『ファロス』の檻の中にいるお前を見た時、すぐにでも連れて帰りたくなった」

「……お、俺は……猫じゃねえよ」

 睦言のように甘く響く声に惑わされそうになったが、大貴は素肌の上に滑り始めた男の手を押さえ、歯向かおうとした。

 このまま流されてしまったら、完全に堕ちてしまいそうな不安を感じる。

 その一方で、胸の鼓動がうるさいほど高鳴ってしまのだ。

 庄領は、そんな抵抗を楽しむように笑うと、頬を紅潮させた大貴の瞳の奥を見すえた。

 黒々とした双瞳が強い意志を宿すと、大貴は胸の奥で、何もかもが砕け散ってしまうようなショックを感じた。

「お前に出会ってから、これまでの生活に物足りなさを感じた。
 そして、お前の存在が、この空間を完成させるだろうと思った。
 お前でなければ、この欠けは埋められない」

「……ずるいぞ──あんた、俺を口説き落とそうとしてるだろう?」

 抱き締められた途端、抵抗していた最後の意思が揺らぎ始める。

 その危うい感覚に怯え、大貴は掠れた声を上げていた。

「落ちてきてくれないのか? 
 私がお前に参っていることは、もう判っているだろう?」

 秘やかに笑い、庄領は大貴の手を取って、己の股間に滑らせる。

 そこはすでに硬く膨れ上がり、ストレートな雄の欲求を伝えていた。

「……っぅうっ……あんたは、卑怯だ」

 庄領という男に惹かれる気持ちは、目を逸らすことができないほど大きくなっていた。

 こんな風に迫られたら、逃げられなくなる。

 その一方で、今までの自分自身に対するこだわりが、最後の一歩を踏み留まらせていた。

 だが、庄領はくすりと笑い、大貴の耳の穴に吐息を吹き込んだ。

「……ひゃぅうっ!」

 全身に鳥肌が立つほど感じてしまい、大貴はうわずった悲鳴を上げた。

 とっさに逃げを打とうとする大貴の躰を絡め取り、庄領は、引き締まった腹筋から、さらに下の方へと掌を滑らせていった。

「『あんた』じゃない……私の名前を呼ぶんだ、大貴」

 鼓膜にびんびんと響く誘惑に、大貴の膝は震え始めた。

 だんだん躰に力が入らなくなり、腰が抜けそうになってしまう。

「──嫌だ……もう、こんな……」

 庄領の声が躰中に染みこみ、全ての細胞を熱く煽り立ててゆく。

 その凄まじい魔力に抗えず、大貴はゆらゆらと頭を振ることしかできなかった。

「あまり意地を張っていると、あとで泣くことになるぞ。虐めて欲しいのか?」

 くすくすと笑いながら、庄領はズボンに滑り込ませた手で、硬さを増した大貴の屹立をやんわりと握った。

「……ちっ、違うって……止めろ、触るな……」

 すでに興奮して昂ぶっていた大貴のペニスは、その刺激を悦び、ビクビクと跳ねた。

 少しでも強く擦られれば、すぐに爆ぜてしまいそうだった。

「さあ、呼ぶんだ。私の名前は教えただろう?」

 きつく握られた瞬間、大貴はぶるりと身を震わせ、声を上げていた。

「あっ…ああっ……千晴っ…も、もう……ッ」

 射精感とは異なる深く、淫らな官能が、全身から力を奪ってゆく。

 がくがくと膝が震え、大貴はその場に崩れ落ちそうになった。

 そんな躰を支えながら、床に膝を突かせた庄領は、大貴をそのまま獣のように這わせた。

 そして、背中に覆い被さって肩を抱き寄せ、耳元で囁く。

「──大貴、私はお前と愛し合いたい。私を受け入れるな?」

 熱い吐息とともに呪文が吹き込まれると、脳天まで白く染まるような快感に包まれた。

「も、もう……受け入れてるだろ…ッ──。
 千晴の事…好きじゃなきゃ……何で、俺がこんな……ッ」

 次第に掠れてゆく声で言い返した大貴は、背中に男の熱を感じながら腰を揺らめかせた。

 庄領は大貴の首筋に口づけ、悩ましい溜息をもらした。

「これほど誰かに心を奪われたのは、生まれて始めてだ。
 だからこそお前を奪い尽くして、私だけのものにしたい。
 大貴……お前を、愛しているんだ」

 双眸を見開いたまま、全身を震わせた大貴は、その刹那、庄領の手の中に欲情を迸らせていた。


 自分の中に生まれていた想いが、恋なのか、性欲でしかないのか、大貴には区別がつかなかった。

 だが、目の前で衣服を脱ぎ落とした庄領の裸体を見ていると、羞恥とともに激しい飢えを感じた。

 同性の肉体であるはずなのに、何故かひどく艶めかしく見える。

 隆々と聳え立つ雄のシンボルにさえ、嫌悪よりも愛着を感じ、触れてみたいとさえ思った。

 だが、腰を抜かしたまま、へたりこんでいた大貴は、大理石の床に飛び散った白濁を見た途端、顔を真っ赤に染めた。

 肉体への愛撫で、達したわけではないのだ。

 庄領の言葉と声で脳みそや神経を直に揺さぶられ、気を失ってしまいそうな快感に襲われていた。

(──俺……結構、重症かも……)

 庄領への感情を認めてしまった途端、必死に抵抗していた自分の努力が、ひどく儚いものに思えた。

「立てないなら、抱いて行こうか?」

 シャワーへと誘う庄領の手を睨みつけ、大貴はぷいとそっぽ向いた。

「立てるに決まってんだろ。……ってか、シャワーどこにあるんだよ?」

 アパートのユニットバスのように、風呂が狭すぎるのも問題だが、これほど広すぎるのもどうかと思う。

 バスルームだからいつも以上に開放的になるのだろうが、開けっぴろげでウロウロされると、目のやり場に困ってしまうのだ。

 庄領は、窓辺近くにある、ガラスの壁に仕切られた一画へ足を向け、大貴を手招きした。

 覚悟を決めて衣服を脱ぎ、大貴が庄領の傍へ近づいて行くと、突然、天井から雨のような雫が降り注ぎ始めた。

「シャワーはこれだ。天井に埋め込んである」

 さあっと全身を包み込む柔らかな水滴を見上げ、大貴が驚いていると、バルブをひねった庄領は、悪戯に成功した子供のように笑っていた。

(……どこまで風呂にこだわってるんだ、こいつは?)

 確かに、仕事から帰って、後は風呂に入って寝るだけというような忙しい生活なら、こだわりたくなる気持ちも判らなくはないが──。

(まあ、気持ちいいから、いいか)

 いちいち比較して驚いていては、身が持たないような気もする。

 こういう物だと受け入れてしまえば、後は素直に楽しめそうだった。

 水を含んだ髪を掻き上げ、降り注ぐ銀色の驟雨を浴びながら両目を閉じると、突然肩を押され、背後のガラスの壁に追いつめられていた。

「──大貴。あのストーカーに、どこを触られた?」

 急に厳しい表情を浮かべた庄領が、そう詰問する。

 はっと目を見開いた途端、大貴は唇を奪われ、水に濡れた乳首をきつく摘まれた。

「……ここか?」

「……違うって!」

 痛みに顔を歪めながら大貴が首を振ると、男の手はするりとペニスを絡め取った。

「……こっちは?」

 半勃ちになったその尖端に、強く親指が押しつけられると、大貴は背筋を引きつらせた。

「──ヒィッ…いってえよ……バカ! そこは、触られてないって」

 実際、あの変質者が異常なまでに執着したのは、大貴の尻だけだった。

「だったら、ここは?」

 男の指先が双丘の狭間に忍び込み、小さな窄まりをなぞる。

 その瞬間、大貴はヒクリと喉を喘がせ、庄領の腕にしがみついていた。

「……ちっ……違うッ」

「嘘をついてどうする? どうやら、消毒が必要なのはここらしいが……」

 反射的にごまかそうとした大貴の顔を見下ろし、庄領は怒りを滲ませた低い声で言った。