Rosariel.com
今夜、あなたの猫になる



<34>



 倶楽部『ファロス』に来ていた時は、わざと前髪を垂らして顔を隠していたのだが、オールバックにした那波の顔立ちは、すっきりと綺麗に整っていた。

 庄領に比べると東洋的な容貌だったが、鼻梁が高いため、サングラス姿も似合っている。

 しかし、いつもサングラスを外さない理由については、いまだに謎だった。

 いつも黒ずくめの服装であるため、知らない人が見れば、やはり怪しい男だろう。

「ところで、大貴様。夕食はどうなさいますか?」

「あ、ああ……『ファロス』で食べてきたから、大丈夫です。
 慎一さんが、卒業祝いだってご馳走してくれたから」

 一応、さり気なく辞めてきた事を報告すると、那波は表情を変えずにうなずいた。

「そうですか。では、どうぞ二階へ。千晴様がお待ちです」

 それを聞き、大貴はぎょっとした。

「──えっ? もう帰って来てんの? 今晩は遅くなるとか言ってなかった?」

「取引先の都合で、今晩の会食がキャンセルになりました」

 会社の社長秘書ではなく、庄領の個人的な秘書を執事と兼務している那波は、スケジュールの変更を冷静に伝えた。

 何故か、強制連行されているような不可解な気分を味わいながら、那波の後について二階に上がった大貴は、リビングバスの壁に設置された大画面を見た瞬間、精神を取り乱して喚き散らした。

「……なっ、な、何見てんだーッ!」

 濃紺のバスローブ姿で、優雅にくつろいでいる庄領の視線の先にあるテレビモニター。

 そこにでかでかと映し出されていたのは、水色の競パン姿でしどけなく横たわっている、大貴の裸体だった。

 うつ伏せになったまま、背後を睨んでいる顔は、臀部や股間の翳りまで映し出されているせいか、自分の顔かと疑いたくなるほど卑猥に見える。

「おかえり、大貴。お前もご覧。よく撮れているだろう?
 那波が撮って来てくれた写真を整理していたところだ」

 ひどく嬉しそうな顔で微笑んだ庄領は、黒ずくめの秘書に視線を向けた。

「やはり、これが最高傑作だな──お前もそう思わないか?」

「はい。俺もそう思います」

 庄領の傍らに立った那波が、生真面目な口調で答えた。

 だがその視線は、真っ直ぐにモニターに向けられている。

 それもそのはず。この写真を撮影したのは、那波本人なのだ。

 倶楽部『ファロス』で、大貴の写真や動画を撮りまくっていた那波は、そのデータを庄領のパソコンに随時転送していたらしい。

 そして庄領は、仕事の合間にメールで様々な指令を出して、自分好みの写真を那波に撮らせて楽しんでいたらしいのだ。

 時には、『ファロス』からリアルタイムで送られてくる動画まで鑑賞していたらしい。

 つまり、那波が向けてきたレンズの奥にはいつも庄領の双眸が光っていて、遠くに離れていてさえ、ずっと見られていたということになる。

 恐らく、嶺村はそれを知っていて、大貴にあんな恥ずかしい格好をさせたのだろう。

 庄領がリモコンを操作すると、画像が入れ替わった。

 それもやはり例の競パン姿で、大貴は顔から火が出るほどの恥ずかしさを感じた。

 一方の二人は、楽しげに何やら語り合っている。

「ぎゃああっ! 頼むから、もう消してくれ!」

 大貴の悲鳴に驚いて、一緒に付いてきていたアンズが、だだっと逃げ出して行った。

 そんなアンズを気にかけてやる余裕はまるで無く、大貴は庄領の手からリモコンを取り上げようと飛びかかった。

 ところが、すっと音も無く移動した那波が、瞬きする間に大貴の腕をねじり上げ、後ろ手に拘束して背後に立った。

「……痛えなっ! 放せよ!」

 罵られても那波は顔色一つ変えず、そのまま庄領の前に大貴の躰を押し出した。

 制止もせずに眺めている庄領を睨んだ大貴は、その黒瞳の奥に浮かぶ表情に気づいて、ぎくりと身を竦ませた。

「大貴──コンビニで、何か興奮するような出来事でもあったのか?」

 静かな声でそう問われ、大貴は愕然と両目を見開いた。

 庄領はソファから立ち上がると、カウンターテーブルの上に置かれていたタブレット型端末の向きを変えた。

 そのモニター上にはデジタルマップが表示され、大貴の位置を示す白いポイントと共に、赤い光が点滅している。

 その赤い点滅の場所が、先ほど立ち寄ったばかりのコンビニとぴたりと一致していた。

 両腕を拘束された大貴の前に立った庄領は、ひどく優しい柔らかな声音で囁いた。

「私はお前を待っていたのに、お前は、私のいない所で、ここを硬くしていたのか?」

 庄領の手が、ズボンの上から大貴の股間をさすり、その形を確かめるように包み込む。

 そのわずかな刺激に反応して、大貴のペニスは脈打ち始めたが、根元を再びきつく締め上げられる感触に躰が震えた。

 前方に血が集まり、腫れ上がってゆく感覚はあるのに、勃起しようにもできないジレンマに呻いてしまう。

「……ぅううっ……も、もう……外してくれッ!」

 拘束される苦痛と、淫猥な愛撫がもたらす快感の狭間で身悶えた大貴は、無意識に庄領の手に己自身を押しつけていた。

 ペニスの根元を締め付ける銀色のコックリング──その内側は小さな突起に取り巻かれていて、膨張すると容赦なく肉に食い込んでくるのだ。

 そしてリングの下部には小さな鈴までついていて、動くたびにチリチリと音を立てて、その存在を大貴に知らせてくる。

「お前がどこにいるかだけでなく、勃起すると、スイッチが入って知らせてくれる。
 面白い仕掛けだろう? 
 これで私も、少しは安心できるかと思ったんだが、やはりまだ目が離せないようだ」

 庄領が、何者かに秘密裏に作らせたという特注コックリングは、貞操帯の他に、GPS機能も備えたろくでもない代物だった。

 一度勝手に外してしまったら、それすらもバレてしまい、「二度と外さない」と許しを請うようになるまで、責め嬲られたのだった。

「大貴、コンビニで何をしていたんだ?」

 勃起できずに苦しむペニスを責められながら、耳元で優しく囁かれると、痺れたように全身が反応してしまい、大貴はかぶりを振った。

 突き放したくとも、両腕は那波に捕らえられ、身動きができない。

 那波という男は、レベルの比較にならないほど武術に長けていて、その手を振りほどく事は不可能だった。

「──何にも……してねえよっ……ただ…雑誌、見てただけで……」

「雑誌? 何の雑誌を見て興奮した?」

 執拗に詰問する庄領は、双つの陰嚢を掌で弄び、ずくずくと疼く会陰を指先で刺激した。

「くああっ……や、止めてくれ…ッ……ただの、グラビアだって……」

 日に日に狂気を帯びる庄領の愛執は、振り払うことができないほど全身に絡みつき、大貴の息の根を止めてしまいそうだった。

 執着されるのは大嫌いだったはずなのに、何故か倒錯的な快感が呼び覚まされ、官能の渦の中に巻き込まれてしまう。

「ただのグラビアを見てサカるほど、欲求不満だったのか?
 なら、今度からは、お前が『止めて』と言っても、手加減抜きにしよう」

 それを聞いた途端、大貴は本能的な畏怖を感じた。

 庄領という男は、その高貴で冷然とした美貌の下に、燃えたぎるマグマのように底無しの欲望を抱えているのだ。

 本気で挑まれると、そこそこ体力に自信のあった大貴でさえ音を上げてしまうほど、信じられない絶倫だった。

 サディストの気質もあるのか、いつもは紳士的で優しいくせに、こうして怒ると、どこまでも陰湿にねちねちと嬲り始める。

 そうなると、何をされるか判らない不安が、じわじわと押し寄せてくるのだった。

「……しっ…仕方ないだろ! 健康な…男の…生理現象なんだから──ッ」

 とは言え、大貴もなかなか素直にはなれず、いつも火に油を注いでしまうのだった。

「──なるほど、生理現象か……。
 それなら、干涸らびるまで、お前のミルクを搾り取るしかないな」

 顔を真っ赤にした大貴の顎を指先で持ち上げ、艶然と微笑んだ庄領は、残酷な囁きを落として、キスで唇を塞いだ。

 口腔を嬲られると、力が抜けてしまいそうになる。

 那波に拘束された異常な体勢で、唇を貪られていた大貴は、きつく眉根を寄せて、喘ぎを殺そうとした。

 だが、庄領が床に跪き、大貴のペニスに口付けた途端、喉から呻き声が迸った。

「……んあっ…や、止めろっ……こんなの──嫌だ……あっ、うああ……ッ」

 那波は石像のように動かないが、その冴々とした視線は感じてしまう。

 彼の主人である庄領は、勃起できずに苦しむ大貴のペニスを口に含み、飴でも舐めしゃぶるかのように舌を這わせながら、淫猥な水音を立てた。

 背徳的な苦悩と快楽に身悶えながら、大貴はかつて知ることの無かった淫虐に悲鳴を上げ続けた。


 温かいジャグジーの中に身を浸していた大貴は、まだ体内に埋め込まれたままの硬い男根を感じながら、呻き声を上げた。

「──なんでっ……那波に、あんな事させるんだ」

 己の剛直の上に大貴を座らせていた庄領は、怒りの消えた声で、くすくすと笑った。

「那波には、何もさせなかっただろう? 逃げようとするお前を押さえていただけだ」

「──あっ…あんなところっ……見られたら……ッ!」

 狂ったように浅ましく腰を振り立て、コックリングを外してくれと幾度となく哀願する大貴の姿を、那波は間近で見ていたのだ。

「見られながら感じていたな。今度また、お前の写真を撮ってもらおうか。
 私のコレを咥えて、可愛らしく啼いている姿が見てみたい」

 緩やかに腰を揺らし、くつくつと笑った庄領の顔を睨みつけた大貴は、額の血管が切れるほど真っ赤になった。

「……こ、このっ……ド変態! 何、考えてんだ、バカ!」

 この男なら、本当にやりかねない──そう思う。

 あの恥ずかしい水着姿を、パソコンの背景に設定してみたり、マイバッハの車内モニターで観賞したりする変態じみた感性の持ち主なのだ。

 実は、警察に掴まった変質者よりも、もっと危険なストーカーだったのは庄領の方だった。

 彼の手足となって動く那波を使い、様々な場所から、大貴を隠し撮りをさせていたらしい。

 その中には、遼真にキスをされた時の写真や、優衣と会っていた時の写真もあった。

 先ほどまで、それらの写真をモニターに映し出し、庄領は大貴をソファの上で犯しながら、弁明を強いた。

 自分が満足できる答えを、大貴が口にするその時まで──。

 結局、絶好のタイミングで、終電を乗り逃がした大貴を拾ってくれたのも、那波からの連絡が事前にあったからなのだ。

 大貴がどこで、何をしているか……逐一報告をさせていたらしい。

(俺は……いったい、どうして、こんなヤツに惚れたんだ?)

 今さらながらに、嶺村が「ド変態」と評したあの時の言葉を、もっと真剣に考えておくべきだったのだと、冷静な自分がチクチクと皮肉を言う。

 度を超したセックスや、「迷子札」代わりのコックリング、そして時にアブノーマルな嗜好。

 本来の大貴ならば決して受け付けられないような凄まじい執着は、もはや正常か否かを区別する域を突き抜けてしまっているような気もした。 

(……そういえば、あの着ぐるみも、結局、こいつの仕業だったんだよな)

 ガラスの檻の中で着せられた暑苦しい着ぐるみは、『ファロス』の理事でもある庄領が、嶺村に押しつけた代物だったらしいのだ。

 その前日の服装が、あまりにも肌の露出が多くて、気に入らなかったらしい。

 自分以外の人間に、そんなはしたない姿を見せるとは何事だ──というのが、当時の言い分だったらしいが、だったら何故、もっと恥ずかしい競パン姿を許したのだろう。

 そっちの方が、さらに露出が多くて……むしろ隠されている部分の方が少なくて、「はしたない」のではないだろうか?

(どうせなら、あんな恥ずかしい格好こそ、止めてくれりゃ良かったのに……)

 そっちには喜んで飛びついたわけだから、庄領の考えは理解不能だった。