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今夜、あなたの猫になる



<7>



 ベッドに戻った大貴が、サイドテーブルにグラスを置くと、外に出ていたボーイが慌ただしくドアから駆け込んできた。

「大貴さん、困りますよ」

 濡れたガラスの壁や床を拭き清めているボーイの姿を見ると、酔いの興奮がわずかに醒める。

「ごめん……調子に乗りすぎた」

 床にしゃがみ込んだボーイの背中に謝った時、ガラス部屋のドアが開き、嶺村が大貴を呼んだ。

 叱責を覚悟しながら部屋の外に出ると、嶺村は必死で笑いを堪えながら言った。

「いやはや、面白かったよ、大ちゃん。
 千晴のあんな顔、初めて見た。
 他のメンバーも、君の色っぽい姿に釘付けだったんだけどね。
 いつもは大人しい君があんな事をするなんて、誰も思わなかったよ」

 スタッフが行き来する裏方の廊下に大貴を連れ出し、嶺村は関係者専用エレベーターのボタンを押した。

「すみません、慎一さん。バカやっちゃって……」

「ああ、気にしなくていいよ。
 それより、さっきも言ったように、仮面だけは外さないようにね。
 千晴もルールは理解してるから、無茶はしないだろうけど……。
 でも、怒ってるだろうなあ」

 嶺村の呟きに、大貴は体内のアルコール成分が全て抜け落ちるようなショックを感じた。

「やっぱり……怒らせちゃいましたかね、俺?」

 仮面の下で大貴が顔を引きつらせると、共にエレベーターに乗っていた嶺村が、皮肉っぽい流し目を向けてきた。

「そりゃあ、怒るだろう。千晴様はプライドが高いんだ。
 どうせやるなら、話をした後にすれば良かったのに」

「俺のリクエスト……今から、キャンセルできませんか?」

 今さらながらに自分の無謀さが怖くなり、大貴は情けない声で嶺村に訊ねた。

「それはダメ。ルールだからね」

 嶺村の答えはいたって明快だった。


 嶺村の言葉に怖じ気づき、警戒していたにも関わらず、談話室に入ってきた庄領千晴という男に、大貴は目を奪われていた。

 倶楽部『ファロス』への入館は、ジャケットとネクタイが義務づけられているため、庄領もまた他のメンバーと同じくスーツ姿だった。

 だが、個性を抑制するビジネススーツであるにも関わらず、庄領の秀麗さは浮世離れして見える。

 特に、切れ長の双眸は、瞳が深い漆黒でありながらも、内から強い光を放っているようにも見え、謎めいた引力に心が吸い込まれてしまいそうだった。

 男に見つめられた途端、大貴は準備しておいた言葉を全て忘れてしまった。

「せっかくソファがあるのだから、座ったらどうだ?
 三十分とはいえ、ずっと立ち話では落ち着かないだろう」

 茫然と突っ立っている大貴に、庄領はそう促し、自らも革張りのソファに腰を下ろした。

 印象的な低い美声──。

 物静かで、落ち着いた彼の口調は、確かに聞き覚えのあるものだった。

 口をつぐんだまま、大貴はぎくしゃくと向かいのソファに座った。

 いろいろ文句をぶつけてやろうと思って来たのだが、男の雰囲気に呑み込まれてしまい、頭がフリーズしていた。

 座り心地を確かめる振りをして、もぞもぞしていると、淡々とした声で庄領が訊ねてきた。

「……それで、何の話だね?」

 問いかけられた大貴は、惚けたように、目の前に座る男の顔をまじまじと見返した。

 すると庄領は端整な唇を薄くつり上げ、皮肉げな眼差しを大貴に向けた。

「私に話があるから、わざわざ『猫』の君から誘いをかけてきたんだろう?」

 言われてみれば、そうだった。

 完全に調子が狂ってしまい、自分でも当惑していた大貴は、黒い猫の仮面に触れて気持ちを落ち着けようとした。

「どうして……頼んでもいないのに、あんなものを、俺に贈って来たんですか?」

 大貴が一番の疑問を口にすると、庄領はわずかに首を傾げた。

「──あんなもの?」

「写真集ですよ……あと、バラの花束も」

 瞳に怒りをこめて大貴が睨むと、庄領はくすりと微笑んだ。

「気に入らなかったか?」

 男は怒っているようには見えず、むしろ大貴をからかっているようですらある。

 その態度が癪に障り、大貴は双眸を眇めた。

「気に入るわけがないでしょう」

 冷たく言い放つと、庄領はソファの肘掛けに肘を突き、指先でこめかみを押さえた。

 そんな姿さえも、いちいち絵になるような男性美で、無性に腹立たしくなる。

 すると突然、庄領は咎めるような眼差しを大貴に向け、物憂げに溜息をついた。

「君が私を無視するからだ。
 何を贈ろうかと考えたが、とりあえず、無関心な君の反応を引きだしてみたかった。
 こうして君から会いに来てくれたのだから、成功したと思ってよいのだろうな」

 冴えた黒瞳がきらりと光ったようにも見え、大貴はソファの上で身じろいだ。

 思いがけない男の言葉に、口を半開きにしたまま、ぽかんとしてしまう。

「えーと……俺のせいって、言いたいんですか?」

 そして、自分は庄領の策略に引っかかり、まんまと釣られたということなのだろうか?

「君があれを気に入ってくれたなら、それはそれで嬉しいが……。
 だが、あれは失敗だったとも思っている。
 無用な関心を惹いてしまったからな」

 意味深な言葉を淡々と呟いた男は、仮面の下で眉をひそめいた大貴を見つめ、うっすらと微笑んだ。

 誰もが見惚れてしまいそうな魅惑的な笑顔だったが、大貴は何故か恐れを感じた。

「プレゼントが気に入らなかったのなら、詫びねばならないだろう。
──君は、何が欲しい?」

 ただの問いかけにすぎなかったが、その声は悪魔の囁きにも似て、背筋がぞくりとするような蠱惑に満ちていた。

「あんたからは……何も貰いたくない」

 とっさに庄領の黒瞳から目をそらし、掠れた声でそう言い返した大貴は、慌ただしく立ち上がった。

「あの……これで、失礼します。
 それから、俺には……期待しないでください。
 多分、あんたとは気が合わないから」

 庄領という男のペースに巻き込まれ、気がつくと、その危うい雰囲気に押し流されそうな自分がいた。

 本能的に危険を察知した大貴は、すぐにでもガラスの檻に逃げ込みたくなった。

 ところが、男が座るソファの横を通り過ぎようとした途端、片手をつかまれ、ぐいと強く引っ張られていた。

 体勢を崩した大貴は、そのまま庄領の膝の上に倒れ込み、驚く間もなく羽交い締めにされていた。

「まだ、二十分ほど残っている。
 せっかくのリクエストだ。ぎりぎりまで楽しんでいくといい」

 大貴の耳朶に唇を押しつけるようにして囁いた庄領は、びくりと震えた褐色の肌を指先でなぞった。

「──ね、『猫』に手を出すのは、ルール違反じゃねえのかよ!」

 逃れようと身をよじらせた大貴がわめくと、庄領はくつくつと笑った。

「君が望めば、『猫』のリクエストだ。
 応えてやるのが『求愛者』の義務だろう」

「そんなの…っ……屁理屈だっ!
 それに俺は……こんなのっ…望んでなんかいない!」

 なぞられる肌に痺れるような感覚が走り、大貴は庄領の手を振り払おうとした。

 だが、ぴったりと腰を包む革の短パンの上から、前方の膨らみをやわやわと揉まれた瞬間、大貴の声は引き攣れたように裏返った。

「……やっ……止めろッ!」

 大貴の肉体を絡め取っていた庄領は、硬くなったペニスを根元からさすり上げるようにしながら、拒絶を発する口を片手で塞いだ。

「…う…んんっ……くぅっ……」

 久しぶりに味わう快感に、躰から力が抜け、呻くことしかできなくなる。

 腰骨の奥に灯った情欲の埋み火が、男の愛撫に煽られるように燃えさかっていた。

 全身の血液がドクドクと音を立てて流れ、心臓の鼓動とペニスの脈動がシンクロする。

 一気に猛り立った大貴のペニスは、革の短パンと庄領の手に圧迫され、ビクビクと震えていた。

「こんないやらしい格好をさせたのは、嶺村か?」

 大貴の口を塞いでいた手を外した庄領は、剥き出しになっている腹筋やヘソの穴を指先でくすぐると、そのまま小さな胸の突起を弄り始めた。

 力一杯抗えば、男の腕からすぐにでも抜け出せるはずだった。

 だが、大貴は自ら股間を庄領の手に押しつけ、貪るように快感を味わっていた。

 セックスや自慰ができなくなってから半年近く──若い男の性欲は、刺激を受ければあっという間に弾けてしまう。

 EDで悩んでいたとは思えないほど、大貴の雄は発情し、硬くそそり立っていた。

「……うああっ……はっ…ぁ……んっ……」

 背中に逞しい庄領の肉体を感じながら、大貴は浅ましいほど愛撫の快楽に身悶えた。

 ジッパーが下ろされ、下着の上から雄の形をしごかれると、もっと強い刺激が欲しくなる。

 他人の手で、こんなに興奮するのは始めてだった。

 だが──

「君はブリーフ派か。きつい方が好みなのか?」

と、からかうような庄領の言葉が耳元で響くと、我に返った大貴は顔を紅潮させた。

 猫の仮面をつけているのが、せめてもの救いだろうか。

 憎らしい男に、恍惚とした自分の顔を見られなくて済む。

「……も、もう……止めろ!」

 息を喘がせ、淫らな愛撫を拒むように身をよじらせた途端、庄領は容赦なく大貴の屹立を握り締めた。

「…うああっ……い、痛ッ…ッ!」

 急所に走った痛みに硬直すると、庄領の手が下着の中にするりともぐり込み、直接ペニスを扱き始める。

 痛みが強烈な快感にすり替わり、大貴の瞳は欲情に潤んだ。