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今夜、あなたの猫になる



<8>



 溶けた唇がわななき、喘ぐような吐息が止めどなくこぼれると、庄領の愛撫が優しいものに変わった。

「……イカせて……もう、イカせてくれ」

 焦れったいほどの疼きに駆られ、大貴が思わず腰をくねらせると、背後の男は笑みを含んだ声で囁いた。

「──まだ、あと10分くらいは残っているぞ」

 そう言って、屹立した根元を、意地悪く指の環で締め付ける。

 苦しさのあまり頭を振る大貴の首筋に、庄領は唇を押しつけ、きつく皮膚を吸い上げた。

 日に焼けた小麦色の肌に鬱血が残ると、満足したように別の場所に口付ける。

 そうして、耳孔にふっと息を吹き込み、びくりと震えた大貴の反応を秘やかに笑った。

「どうして、この倶楽部が『ファロス』というのか、嶺村から聞いたことはあるか?」

 言葉の中に艶めかしい吐息を織り込みながら、庄領が耳元で囁きかけてくる。

 惨めな喘ぎを抑えようと唇を噛みしめていた大貴は、答えを拒んで男を睨みつけたが、彼はくくっと喉奥で笑った。

 そして、すぐには言葉を継がず、濡れた舌を尖らせ、耳の穴を柔らかくえぐった。

「ああっ……やっ…やめろっ!」

 ゾクゾクと刺激が全身を駆け抜け、大貴はたまらず声を上げた。

 だが、暴れようとすると急所をきつく握り締められ、その痛みで身動きが取れなくなる。

「かつて……古代アレクサンドリアのファロス島に、巨大な燈台が建てられた。
 もともと高層ビルや塔というのは、ファルス的なシンボル──男性性の象徴と見なされているが、燈台も同じようなものだろう?

 燈台のファロスと、ペニスを意味するファルス。
 どちらもギリシャ語だが、古代ギリシャといえば、男色が盛んだった所だ」

 出来の悪い学生に教えるような淡々とした説明でありながら、男の声には媚薬的な毒が混ざっていた。

 その媚毒の効果を知り尽くしているかのように、耳元でねっとりと囁き続ける。

「……つまり、ペニスに群がる男たちの目印にしようと、この倶楽部が作られたわけだ」

 庄領は名前に隠された意味を丁寧に説き明かしながら、捕らえた大貴の形を淫猥になぞり上げた。

 耳孔に吐息を吹き込まれると、音を拾うための聴覚器官が、淫らな性器のように熱くなり、甘く痺れた。

「……うあぁっ……あっ、ああっ……も、もう……っ……イカせてくれ…ッ!」

 もともと刺激に弱く、持久力も乏しい大貴のペニスは、巧妙な愛撫に翻弄されて、ひとたまりもなかった。

 それなのに男の手は、大貴の昂ぶった欲情を極限まで高め、幾度となく残酷に突き放してしまう。

 男の手に自分の手を重ね、大貴が息を荒らげながら催促すると、庄領は苦笑しながら問いかけた。

「……イかせて欲しいか?」

 限界まで溜まっていた欲望を早く解放したかった。

 恥も外聞も忘れて、大貴がこくこくと何度も頷くと、庄領は急にソファから立ち上がった。

 力の抜けた大貴をソファに座らせ、脱げかけた短パンを足から引き抜いてしまう。

 肘掛けに両脚を引っかけたあられもない格好になり、大貴は激しい羞恥に襲われた。

 露わになったグレーのブリーフの中から、勃起したペニスがそそり立っているのが見える。

 尖端からダラダラと流れ落ちる先走りが、薄い布地に染みこみ、卑猥な濃いシミとなって広がっていた。

 手を添えることさえ躊躇していると、床に跪いた庄領が、大貴の股間に顔を伏せた。

「──ぅああぁッ!」

 生温かく、柔らかい唇が、充血した亀頭を包み込み、吸い上げる。

 その甘美な刺激に仰け反り、声を上げた大貴は、男を押しのけようと頭部に手をかけた。

 だが、舌を這わされ、濡れた唇に肉幹を擦られると、両腕から力が抜け、しなやかな黒髪を掻き乱すことしかできなくなった。

「……あっ…ああっ……もう、イクッ!」

「まだだ──もう少し我慢していろ」

 顔を上げた庄領は、機械仕掛けの正確さで冷たく突き放しながら、艶冶な眼差しで大貴を見上げた。

 そして、濡れた舌先を大貴に見せつけるようにペニスの尖端を舐める。

 赤い舌が蛇のように蠢き、敏感な窪みをちろちろとえぐった。

「うああっ……やっ……も、もう…頼むから…イカせて…ッ」

 狂おしい熱感に耐えられなくなり、大貴がビクビクと腰を跳ねさせると、根元をきつく押さえつけられる。

 そして、指の環がふっと緩み、ペニスが口腔深くに吸い込まれた瞬間、大貴は全身を震わせて己自身を解放していた。

「……ああ…ぅっ……はっ……はあぁ…ッ……」

 忘れかけていた射精の絶頂感。

 男根の芯に迸る快感に恍惚となっていた大貴は、ハアハアと息を荒らげたまま、ソファの上でぐったりとなった。

「──随分たっぷり出したな」

 全てを飲み込み、からかうような口調で囁いた庄領は、白濁に汚された唇をぺろりと舐めた。

 その後、備え付けのティッシュで大貴の股間をぬぐい、下着と短パンを元通りにはかせる。

 朦朧としていた大貴は、されるがままになっていたが、庄領が腕時計を見下ろした時、談話室のドアがノックされる音を耳にした。

「残念ながらタイムリミットだ。
 今度はもっとゆっくりできる時に遊んであげよう」

 煩悶してわずかにずれてしまった猫顔の仮面を、元の位置に戻すと、庄領は大貴の唇に触れるだけのキスを落とした。



「──ちょっと、大ちゃん! 大丈夫?」

 腰に力が入らず、思わずよろめいた大貴に、迎えに来た嶺村が手を差し伸べた。

「だ、大丈夫です! 何でもありません!」

 慌てて言い返した大貴は、独特の倦怠感に包まれた下腹に力を入れ、エレベーターに乗り込んだ。

「千晴に何されたの?」

 大貴の異変を察し、嶺村がそう訊ねる。

 だが、その問いに正直に答えられるはずはなかった。

 自分自身でさえ、あの部屋で何が起こったのか、いまだに信じられない思いなのだ。

(……い、いったい……何で?)

 狐につままれるというのは、こういう事なのだろうか?

 まるで悪夢でも見ているような気分だったが、あれが現実だったのは、妙にすっきりしている自分自身がよく知っている。

 ガラス部屋に戻った時、三階から螺旋階段を降りてくる庄領の姿が目に留まった。

 十角錐のガラス部屋をぐるりと巡るような形で設置された階段は、手すりの下に優美な装飾が施されているため、舞台装置のようにも見える。

 螺旋階段の途中で立ち止まった庄領は、ゆったりと手すりに寄りかかった。

 ガラスの向こうは薄暗くて、男のシルエットしか判らないが、何故か嘲笑されているように感じた。

(……畜生……ド変態め)

 嶺村の言葉が、今なら十分すぎるほどに理解できる。

 ほとんど見ず知らずの男のペニスをいきなり口で咥え、卑猥なフェラチオをするような男には、「ド変態」という言葉でさえ、評価が甘すぎるような気がした。

 あれは、他のメンバーの前で恥をかかせた大貴に対する、彼なりの意趣返しだったのだろうか?

(……気持ち悦かったけど)

 不意に湧き上がった秘かな本音を打ち消すように、大貴は特等席に背を向けた。

 長らく欲求不満だったから、あの男が発する妖しく淫靡なオーラに呑み込まれてしまったのだろう。

 そうでなければ、普通に女の子が好きな自分が、男の口で達してしまうことなどあり得ない事だった。

(だけど……優衣は、絶対に口でやってくれなかったよな──)

 潔癖なところがあったせいか、別れた彼女は大貴のペニスを咥えようとはしなかった。

 セックスも、皆が言うほど、そんなに頻繁にはしなかった。

 大貴自身もまた、付き合い始めの好奇心が冷めてくると、それほど積極的に彼女を求めることはなくなっていた。

 万年欲求不満気味な同級生に比べ、自分は性的に淡泊なのだろうと思っていたのだ。

(お互いに受験とか……いろいろ忙しかったし……)

 大貴が一年ほど浪人生活を送ったため、年上の彼女は、どんどん先に進んでいった。

 擦れ違いが多くなった日常の中で、彼女が別れたいと言ってきたのは、もしかしたら当然だったのかもしれない。

 急に憂鬱な気分に陥り、大貴は瞼を閉ざした。


 その重苦しい憂鬱は、翌日になっても治らなかった。

 大学から一度アパートに戻った大貴は、いつも通り出迎えてくれた愛猫アンズを抱き上げると、頬ずりしながら溜息をついた。

「何かもう……面倒くせえ……」

 このままバイトに行かず、アンズと一緒に眠ってしまえれば、どれだけ気楽なことだろう。

 アンズに餌をやり、猫トイレを片付けた大貴は、換気扇を回しながらシャワーを浴びた。

 汗ばんでいた髪を洗い、自分に気合いを入れるように頬を叩いた大貴は、水に濡れた躰をふと見下ろした。

 そこだけが日焼けしていない白い股間の、力無く萎えたペニスが目に入った途端、昨夜、庄領から与えられた快感を思い出す。

 手で扱かれ、口でしゃぶられた……あの感覚。

 ピクンと背筋が震えた途端、前方に血液が流入し、ペニスが勃ち上がった。

「──あっ……何で……」

 急にたまらなくなり、自身を手で扱きながら目を閉じると、男の秀麗な顔が脳裡に浮かんでは消えてゆく。

「ちくしょ…うっ……何で…っ……」

 激しいほどの渇望が中心に渦巻き、大貴の意思を無視してそそり立つ。

 快楽を求める肉体が、あの男の手淫や口戯を思い出させているのか──。

「ううぅっ……ぅあっ……ああっ……」

 昂ぶりを解き放った大貴は、掌を汚した精液を見下ろし、激しい自己嫌悪に陥った。

 肉体の快感と、それに反するような精神的な屈辱。

 嫌っているはずの男の顔や淫戯を思い出しながら自慰に耽るなど、どう考えても正気ではない。

(よりによって、どうしてあいつなんだよ……)

 もう一度頭からシャワーを浴び直し、大貴は躰に残った感覚を全て洗い流そうとした。