Rosariel.com
春耀幻花


<1>



 ギシッ…と縄目が軋み、肌にきつく食い込む。

 大きくはだけた桜桃色の長襦袢の上に、鮮やかな緋縄が渡され、手足や全身の動きを奪うように緻密に結わえられていた。

 太い梁から吊された八尋(やひろ)は、蜘蛛の巣に囚われた蝶だった。

 流れ落ちた袖や裾の絹がはらはらと揺れ、床に届くほど長い黒髪が乱れてゆく。

 さながら、蜘蛛の糸に絡めとられた黒揚羽──。

(だめだ……泣いちゃ……だめなのに……)

 気をそらし、涙を堪えようと必死に目線を移す。

 見れば、赤い和蝋燭の炎が、土蔵の壁を這う不気味な影を作り出していた。

 光を弾く金屏風の上、全身を映し出す大きな三面鏡の中、影は黒い生き物のようにのたうち回っている。

「おうおう……八尋は、本当にいやらしい子だ──こんなに濡らして……」

 瀬織孝義(せおりたかよし)はしわがれた声で嗤い、肉づきのよい指先で八尋の女性器を押し広げ、手にしていた蝋燭の炎を近づけてきた。

 怯えた八尋はとっさにもがこうとしたが、緊縛に動作を阻まれ、新たな苦痛が生まれた。

「芳沢(よしざわ)──八尋が動かないように、後ろから支えてやれ」

 逃れようとなおも抗う八尋を見下ろし、孝義は卑猥な金屏風の陰に控えている使用人に命じる。

「へえ、旦那様」

 三十代半ばの野卑な風体の庭師が、喉を喘がせる八尋の背後に重なった。

 真っ黒に日焼けした両腕は、丸太のように太い。

 芳沢は慣れた手つきで吊り縄を操り、八尋の腰を突き出させるようにして軽々と抱き上げた。

 膝裏に両手を差し入れ、両足がM字型になるように大きく開いてしまう。

(い、いやぁ……もう、止めて……!)

 両目をきつく閉ざし、必死になってかぶりを振る八尋の目尻から、溜まっていた透明な雫が飛び散った。

 けれど、拒否を示す心とは裏腹に、白い躰はうっすらと桜色に染まり、孝義がいじり回している秘裂はいっそう鮮やかな花弁をほころばせる。

 八尋の足の付け根に顔を寄せてきた孝義は、魅入られたように呟いた。

「お前のここの痣は、いつ見ても、桜子と同じだ。淫乱の印だ」

 右太腿の内側にある淡色の痣に、べったりと口を押し付けた孝義は、ちゅぱちゅぱといやらしい音を立てながら吸い始める。

 その瞬間、八尋の全身にびりっと電流が走り、目の前に火花が散った。

「……ぅうっ…ぁ、うぅ……」

 そこに触れられると、否応なく躰が反応し、崩れそうになる。

 不自由な喉がかすれた呻き声を立て、八尋は唇をわななかせた。

 性器の内奥の構造を確かめるように指を蠢かせながら、孝義は何かに憑かれたように、内股の痣を吸い続ける。

 刺激に耐えきれず、歯を食いしばった八尋の唇から声にならない悲鳴が上がった。

「……ぃっ……ひうぅッ!」

 緋縄に縛られた躰が爆ぜたように仰け反る。

 鼻息を荒くした芳沢が背後から八尋を抱き締め、自分の腰を強く押しつけてきた。

 芳沢の前方は、そうと判るぐらいにくっきりと盛り上がり、雄の欲望を露わにしている。

 おもむろに蝋燭を床に置いた孝義は、金の蒔絵を施した漆塗りの鏡台の一番下の引出から、男根を模した性具を取り出してきた。

「お前は母親と同じいやらしい淫売だ。
 ちょっと放っておくと、恥知らずの躰に男を咥えこもうとする。
 外に出したら、お前の蜜に誘われて、男どもが四方から集ってくるだろう。
 だからお前を外には出さん。
 お前は一生、ここで暮らすんだ。
 桜子のように、惨めに野垂れ死にたくはないだろう? 
 心配するな。この儂がずっと面倒を見てやるからな」

 幼子に言い聞かせる優しげな声でありながら、孝義の双眸は暗く、鬼火のような狂気が深淵で揺らめいている。

 恐ろしさに唇を震わせる八尋を見下ろし、にたりと分厚い唇を歪ませた孝義は、手にしていた男根の模造品で繊細な花弁を押し分けた。

「さあ、咥え込め。後ろの方にも、すぐにもう一本入れてやろう」

「いっ……ぐうっ……ぅあぁ──ッ!」

 内部を大きく広げ、突き入れられてくる硬い張形は、八尋に苦痛の呻きを上げさせた。

(いやぁ……止めて──お父さん!)

 蜘蛛の糸に絡め取られた儚い蝶が、羽根をばたつかせてもがくように、緊縛された八尋は激しく身をよじる。

 縄目を受ける白い肌が、擦れて赤く染まってゆく。

「うるさいぞ。あばずれのように喚くな!」

 声を殺すように唇を噛みしめた八尋の額に、汗が珠を結び……流れ落ちた。




 幸せな思い出があるとすれば、幼い頃に母と見た、桜の花吹雪かもしれない。

 御巫八尋(みかなぎやひろ)はふと思い、土蔵の格子窓からわずかに見える、桜の老木をぼんやりと見つめた。

 理由も判らないまま、息をひそめるようにして母と二人で暮らしていた頃。

 小学校の入学式だったあの日、八尋は望むがままに両手を伸ばした。

 生活は貧しく、食べることさえままならない日もあったけれど、輝く光と風の中にひらめく花びらは、八尋の小さな手がどれだけたくさんつかんでも、後から後から降ってきて、決して無くなってしまうことはなかった。

「ほら、お母さんと同じ花だよ。とってもきれいだね」

 降り積もった花びらを差し出すと、母は嬉しそうに微笑み、屈み込んで八尋の髪を優しく撫でてくれた。

「八尋の笑顔が、お母さん、大好きよ。
 どんなに辛いことがあっても、八尋がいてくれたら、笑っていられるわ」

 女手ひとつで八尋を育ててくれた母は──御巫桜子(みかなぎ さくらこ)は、とても綺麗な人だった。

 白い肌と艶やかな黒髪、そして柔らかく微笑む姿は、昔話に出てくる高貴なお姫様のよう。

 首を傾げるとさらさらと黒髪が流れ、右耳の付け根の辺りにある桜色の痣……花びらを重ねたような形が、ちらりと見える。

「来年もまた桜が咲いたら、母さんに取ってあげる。
 僕、約束するからね……いっぱい集めて、母さんに首飾りを作ってあげる」

 笑っている母が好きだった。

 心が沈みがちな母を喜ばせるために、いろんな事を考えた。

 けれど、約束を果たせぬうちに桜子は病を患い、あっけなく他界してしまった。

 幼い八尋を育ててゆくために無理を重ね、ほとんど休む間も無く、慣れない仕事に従事していたのが原因だったのだろう。

 桜が儚く散り去るように、その名の通り、母はあまりにも呆気なくこの世から去った。

 後に残され、天涯孤独の身となった八尋は、生きる術など何も知らない。

 ところが、どうやって桜子の死を聞き知ったのか、どこからともなく弁護士が現れ、八尋に驚くべき事実を告げた。

「あなたのお父様である瀬織孝義氏が、八尋さんをお引き取りになりたいと申されています。
 ただし、庶子であるあなたは、瀬織家の一員として認知されることはありません」

 弁護士の話によれば、瀬織家は、由緒正しい公家の血筋で、旧伯爵の家柄。

 瀬織家の当主と桜子の間に生まれたが、八尋なのだという。

 桜子がいなくなった事実が理解できず、なすすべも無く泣いていた八尋は、戸惑いながらも、きちんと食事ができるということに安堵した。

 父は死んだと聞かされていたが、保護者として面倒を見ると言ってきた瀬織孝義が現れなければ、どうなっていたのだろう。

 けれど、それは、ほんの束の間の喜び。

 桜子が受けた仕打ちを知った今となっては、一人きりで生きていた方が、ずっと幸せだったのではないかと思えてしまう。

 二十歳になるまでの十四年間、確かに飢えることだけはなかったが、それ以上の苦痛を味わってきた。

 きっと、母は、恐ろしい瀬織孝義から逃げ出したのだ。

 様々な苦労はあったのだろうが、残酷な父の玩具(おもちゃ)として囚われているよりは、外の世界の方が遙かに自由だったに違いない。