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春耀幻花


<23>



「そんなに難しい顔をしないで。ちょこっと触れ合わせればいいだけだから」

 祠のお参りを終えた帰り際、咲耶にされたキスを思い出し、ああいうものなのかと考える。

 あの時は驚いてしまい、単なる戯れとしか思っていなかったが、教育係を任じられた咲耶の言う事だから、間違いはないのだろう。

 ただ、咲耶の唇と触れ合った時、鷹巳に噛まれた首の傷が熱を持ったように疼いた。

 すぐに治ってしまったから、気にしていなかったが――。

(でも、咲耶さんが、間違ったことをするとは思えないし……)

 知識も経験も足りないせいか、反論するだけの自信は無い。

 心に立ち込める不安と違和感を無理やり押しのけて、これも教育の一環なのだと思うことにする。

 八尋は恐る恐る顔を近づけ、綺麗な弧を描く咲耶の唇に、そっと自らの唇を触れさせた。

 すぐに退くつもりだったが、咲耶の手でうなじを押さえられ、思っていた以上に強く唇が重なり合う。

 突然、首がズキリと強い痛みを発した。

 とっさにもがいた八尋の唇をぺろりと舌先で舐め、悪戯っぽく微笑んで咲耶が身を離す。

「西瓜の、甘い味がするね」

 顔を真っ赤に染め、声なき非難を浴びせるように片手で口許を隠すと、咲耶がくすくすと笑い始めた。

(ぼくにとっては……笑い事じゃない)

 奇妙なほどズキズキと痛む首を押さえた八尋は、鷹巳に対する不可解な罪悪感にも苛まれ、咲耶を直視できなくなって視線を巡らせた。

「……あっ――」

 背筋に冷たいものが走り、知らず、八尋の喉から小さな喘ぎが流れる。

 何げなく目を向けた庭石の上に、いつもは水神の祠付近にいるはずの白蛇が留まっていた。

 小さな赤い両眼を八尋に向ける姿は、あたかも神の監視者か、断罪者のよう。

 水神の怒りを買ったような気がして、ぶるりと身を震わせると、咲耶が訝しげに「どうかした?」と問いかけてきた。

 白蛇の存在を教えるように指を向けると、不思議なことに、庭石の上には何もいない。

 まさか、白昼夢を見ていたのだろうか?

 目を擦って見直しても、そこにはやはり何もおらず、自分の見たものが信じられなくなる。

 力の抜けた腕を下ろした八尋は、「何でもない」と言うように首を振った。



 夜になって降り出した雨は勢いを増し、ゴロゴロと雷が轟く。

 夜が更けても雷雨は止まず、雨戸の無い丸窓が、障子越しに時々白く光っていた。

 寝室の照明を全て消し、稲妻が暗闇に射し込む様を眺めていた八尋は、いつになっても訪れない眠りに苦しみながら、何度となく寝返りを打った。

 うとうとと微睡みはするのだが、頭の芯が冴えたようになっていて、すぐに目が覚めてしまう。

 それに、全身が熱をはらんでいて、どうにも寝苦しい。

 薄いタオルケットでさえ暑く感じて、いつの間にか蹴飛ばしてしまっていた。

 いっそのこと一度起きて冷水を浴び、躰の火照りを鎮めてきた方が良いのではないか……。

 そんな事を考えていると、ひときわ激しく稲妻が走り、バリバリッと裂けるような大きな雷鳴が響いた。

 一瞬、部屋の中が真っ白に輝く。

 びくりと躰をすくませた八尋は、暗闇が戻った室内の、ちょうど布団の足元辺りに白い影が漂っていることに気づき、はっと両目を瞠った。

(……誰か、いる?)

 もっとよく見ようと目を凝らすと、急に躰が動かなくなる。

 意識ははっきりと目覚めているのに、全身を締め付けられたように身動きできない。

 開いている窓は無いはずだった。

 それなのに、蒸し暑い空気がすうっと割れて、どこからか冷たく湿った風が流れ込んでくる。

 理解できない怪奇現象に怖くなり、逃げることもできずに震えていると、足元の影が不意に濃さを増し、八尋の上に覆いかぶさってきた。

 射し込んできた稲妻の光が、すぐに「それ」の姿を明らかにする。

(――鷹巳!? どうして、ここに? 外国にいるはずじゃ……)

 白い着物をまとった鷹巳は、ほの白く輝いているようにさえ見えた。

 瞬きできない両眼を大きく見開いていると、ずしりとのしかかった鷹巳は、薄く開いた八尋の唇をこじ開けるようにキスをする。

 ぬるりと滑り込んできた舌が、八尋の口の中を這い回り、さらに冷たい雫を注ぎ込んできた。

 甘さと……ほろ苦さ、そして舌がじんと痺れる違和感。

 飲み干すことを強いるように舌が絡めとられ、八尋は溢れ出した自らの唾液と共に嚥下した。

(……鷹巳……帰って、きたの?)

 咲耶は何も言っていなかった。

 あまりにも唐突な鷹巳の帰還に困惑してしまい、嬉しいと思うより先に、不安が湧き起る。

 だが、急に感覚が研ぎ澄まされ、淫猥な口づけや愛撫をまざまざと感じ始めると、快感の渦に疑惑は巻き込まれた。

 金縛りで身動きできないというのに、与えられる刺激だけはくっきりと浮き彫りにされ、浅ましいほど感じてしまう。

 いつの間にか帯を解かれた浴衣の上に裸体を投げ出し、両足をはしたないほど開かされ、ぬるぬると愛蜜をこぼす秘唇を舐められていた。

(……あっ…あうぅっ……)

 指先で花弁の左右に割られ、その奥への鷹巳の舌が滑り込むと、八尋は眉根を寄せて息を喘がせた。

 うねうねと蠢く舌が何度も出入りを繰り返し、時折、充血して硬くなった八尋の幼茎を下方から弾く。

 ぷるんと震える慎ましやかな男根は、すっぽりと鷹巳の口に呑み込まれ、尖端を舌先で嬲られながら扱かれた。

(……やあっ…あっ……気持ち、いい……)

 抗うことはできず、顔を振ることさえかなわず、無防備に躰を差し出したまま貪られる。

 異様な状況に混乱していても、凄まじい愉悦を拒むことができず、八尋は人形となった我が身の内で慄いた。

 時に愛撫のリズムを崩し、長い指で内部を掻き乱され、息が上がり切ってしまうほど執拗に舐められる。

 口づけられる秘部はドロドロと溶けて、躰中の筋肉が小刻みに震え出していた。

 しばらくすると、八尋の右足を膝裏から抱え上げた鷹巳が、寄り添うように背後から重なってくる。

 蕩けきった花芯を鷹巳の剛直で突き刺され、押し開かれる重い圧迫を感じても、感極まった八尋の躰はスムーズに受け入れていた。

 だが、こんな風に沈黙の中で、氷像のように冷たい顔で見すえられたまま、抱かれているのは苦しい。

(あ、ああっ……せめて、何か、言って……)

 声を聞かせてくれたら……名前を呼んでくれたら、少しは安心できるから。

 肉体は快感を味わい、燃えるように熱くなっても、押し込められた心は戸惑ったまま、鷹巳の真意を探してしまうのだ。

 緩やかに突き上げてくる鷹巳の屹立は、八尋の芯を灼くほどであるのに、抱き締めてくる腕も、触れ合う躰もひんやりと冷たい。

 ひとつに溶け合うことのできない違和感が二人を隔て、謎めいた飢餓と混乱だけが増えてゆく。

 ぽろぽろと涙が流れ始めると、鷹巳は逞しい上半身をたわめ、八尋の唇を再び奪った。

 夢中になって舌を絡め合わせ、声なき声で鷹巳を呼ぶ。

(……お願い……鷹巳、名前を…呼んで……)

 このままでは、自分自身が何者なのかさえ、判らなくなってしまう。

 操られる小舟のように、八尋は幾度となく絶頂の波に達し、鷹巳もまた極みの精を八尋の内に解き放った。

 それでも二人の躰は離れることなく交わったまま、時を忘れて揺れ動き続ける。

 冴々と見下ろしてくる鷹巳の蒼瞳が、不意に妖しい赤光を放った。

 まるで……血に染まった、恐ろしい蛇の眼。

 辛うじて残されていた八尋の意識は、ぷつんと断ち切られたかのように闇に呑み込まれていった。

 

 チュンチュンと囀る雀の声に気づき、丸窓から差し込む朝日を感じて、八尋は飛び起きた。

(……あれは、夢?)

 慌てて見回しても、部屋の中には誰もいない。

 鷹巳に脱がされ、八尋から剥がれ落ちていた浴衣は、乱れた様子もなくきちんと身に着いていた。

 何より、長く交わった後には残るはずの鷹巳の存在感や余韻が、八尋の身の内に何も残っていない。

 おずおずと浴衣の裾に片手を忍ばせてみても、昂ったままの幼根や、鷹巳を待ちわびるかのように濡れそぼる秘唇は感じ取れたが、実際に受け入れた痕跡は無かった。

(鷹巳に会いたくて……あんな変な夢を見ちゃったのかな)

 思い出すだけで顔が赤らむほど、生々しい淫夢。

 一刻も離れてはいられないとでもいうように、お互いの性器を深々と結びつけ、何度も唇を重ね合わせた。

 繰り返される淫らな律動――いつの間に嵐がおさまったのか、ぐちゅぐちゅと粘液をこねるような水音が、静寂の中で鳴り響いていた。

 抑えきれなくなった八尋の喘ぎや、鷹巳の荒々しい息づかいも……。