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春耀幻花


<26>



 しばらくすると、香りの良いシャンプーの泡立ちと、頭皮を滑る指の感触が心地よく感じられ、八尋の肩から力が抜けた。

 目を閉じていると、泡立った髪をシャワーで丁寧に流しながら、咲耶が感嘆したように溜息をつく。

「八尋は本当に色が白いね。
 何というか……濁りが無くて、透き通るようで、真珠みたいな感じ。
 髪が長いから、余計にそう見えるのかもしれないけど」

 ほとんど日光を浴びず、薄暗い土蔵暮らしだった八尋の皮膚は、健康的な日焼けを知らない。

 活発に見える小麦色の肌の方が、男の子らしくてずっと良いと思うのだ。

 だが、そう言うと、千佳子には「着物が似合わなくなるわよ」と笑われ、野菜畑に水遣りをする時は、いつも大きな麦わら帽子を被せられた。

「綺麗な黒髪だけど、さすがにこれは長すぎるかなあ。
 もうちょっと短く切った方が、扱いやすくなると思うよ」

 腰まで届く長い髪を洗い終えた咲耶が、余分な水分を切るように、一本にまとめて絞っていく。

『切ってもいいの?』

 振り向きつつ、問いかけるように首を傾げると、咲耶は手にした髪をくるくると捩じって、頭頂部まで巻き上げた。

「頭が重くなるし、髪を洗うのも大変でしょ?
 はい……じゃあ、これ、持ってて。ついでに躰も洗ってあげるから」

 えっ?と思う間もなく、右手を持ち上げられ、洗い終えたばかりの髪束を押さえさせられる。

 その間に咲耶は、柔らかな海綿にボディーソープを含ませ、剥き出しになった八尋の背中を洗い始めた。

 今さら嫌だとも言えず、固まっていると、大きく開いた脇の下をふわふわとした海綿がくすぐる。

 悲鳴を上げそうになり、びくんと躰が震えたが、それに気づかないように咲耶の手は前の方まで伸びてきた。

 華奢な肩から、淡い色の突起を有した胸元、そして緊張が走る腹部へと海綿が下りてゆく。

 滑らかな泡の中に潜む海綿に撫でられると、否応なく乳首が尖り、ざわりと肌がさざめいた。

 皮膚の細胞一つ一つが敏感になり、次の動きに反応しようとしている。

 必死で息をつめて我慢している八尋を、洗い場に跪いた咲耶はちらりと見上げ、今度はゆっくりと足指の間に海綿を滑り込ませた。

 ただ、泥がこびりついた足を洗っているだけ――。

 そう思い込もうとしたが、ぞくりと脳天まで快感が走り、八尋は思わず咲耶の手から逃れようと足を動かした。

「くすぐったい?」

 くすくすと笑いながら、一度海綿の泡を洗い流す咲耶に、八尋は大きく頷いて見せる。

 こういう時、喋れないのは不自由だった。

 余所見をしている咲耶には、「自分で洗えるから」と訴えても、気づいてもらえない。

 だが、ふくらはぎから膝裏へ、さらにタオルで隠された内股まで咲耶の手が伸びてくると、さすがに耐えきれなくなる。

 いやいやをするように首を振り、両膝をしっかりと閉ざして、内へと侵入する手を遮った。

「ダメだよ。まだ大事なところが残ってるでしょ?
 大丈夫……痛いことはしないから、力を抜いて」

 むずがる幼子をあやすような口調で囁いた咲耶は、海綿を持った反対側の手で、背後から八尋の臀部に触れた。

 その手はタオルに覆われた双丘の谷間に忍び込み、悪戯をするように秘蕾をくすぐる。

 咲耶の指を感じた瞬間、浴室に入ったあたりから疼き始めていた首筋が、ズキリと痛んだ。

「……っあっ!

 思わず檜の椅子から腰を浮かせた八尋は、髪を押さえていた手まで放してしまう。

 だが、その反動を操られるように、鏡の下のタイルに両手を突かされていた。

「そのまま、じっとしていて。ここも綺麗にしておかなきゃね」

 咲耶に向かって、尻を突き出した自分の姿。

 泡をまぶした咲耶の指が、すぼまった後蕾の襞をやわやわと擦り、中心に忍び入る。

(やっ…ダメ……お尻は、ダメ……)

 口には決してできないが、長年孝義に嬲られていたそこは、性的にひどく感じやすくなったおぞましい部分なのだ。

 全身の血が逆流するような恥ずかしさに襲われ、赤く紅潮した顔を左右に振り続けると、ばさばさと濡れた黒髪が乱れてゆく。

 逃れるように腰をよじったが、咲耶の指は、湯に濡れたタオルを貼りつかせた八尋の下肢にするりと入り込んで、男の証たる肉茎を捕えた。

「ああ……やっぱり、八尋は男の子だったのか。
 夢みたいに綺麗だから、ちょっと疑ってたんだけど」

 鏡越しに八尋を見つめる咲耶の唇がゆっくりとつり上がり、妖しい微笑が広がる。

「――イッてもいいよ」

 掌の中の男根を高める淫猥な動きに、八尋は喘ぎそうな唇を噛んで、頭を振った。 

(……いや……いやぁっ…ッ!)

 女性的でさえある優美な咲耶は、紛れもなく男だった。

 動かないように八尋の腰を押さえる腕は力が強く、とても振りほどけない。

 さらには首の痛みがどんどん強くなっていて、快感と苦痛が交錯する状態に、惑乱しそうになる。

 そうするうちに、咲耶の手は容赦なく奥まで伸び、秘められた花芯を見つけ出してしまった。

 一瞬、驚いたように手が止まり、笑みをたたえた咲耶の顔にも不審が浮かんだが、すぐに淫らな探索を再開させる。

なるほど。ここには、可愛いお姫様も隠れていたのか。
 八尋はインターセックス(半陰陽)だったんだね。
 恥ずかしがることはないよ……これは八尋の個性なんだから、素直に受け入れたらいい」

(……僕の、個性?)

 その言葉にふと心を惹かれ、八尋は動きを止めた。

 咲耶に嫌われなかったという安堵と、自分自身を丸ごと肯定してもらった喜びが、無体な行為を拒絶する心と葛藤を起こす。

 酷いことをされていると思うのに、咲耶を嫌えず、許してしまいそうだった。

 だから、どうしたらいいのか、余計に判らなくなる。

「──くうっ…うっ……」

 咲耶の細く、長い指先が柔らかな花弁の押し広げ、狭間の溝をつるりとなぞる。

 その途端、閉ざしていた唇の間から喘ぎがこぼれ、八尋はおののきながら奥歯を噛みしめた。

「安心していいよ。僕は、こっちのお姫様にはあんまり興味が無いから。
 昔からね……僕は、女の人が愛せない。
 キスまでなら何とか頑張れるけど、それ以上となると、躰が受けつけないんだ。
 いわゆる、ゲイってやつかな。 
 だから、僕が好きなるのは、いつも男の人ばっかり」

 唐突に花唇から手を引いた咲耶は、八尋の躰にシャワーをかけ、白い泡を洗い流しながら告白した。

 驚くべき秘密に唖然として、首をねじって背後を見ると、咲耶は少し悲しそうに微笑む。

(鷹巳のことが好きだったっていうのも……本当なのかもしれない)

 だから咲耶は、時々こんな風に意地悪な悪戯を八尋に仕掛けるのだろうか?

 叶わない恋心を抱えているから――。

『咲耶さんは、鷹巳のことが……好き?』

 恐る恐る訊ねてみたが、掠れた八尋の囁き声は届かなかったのか、咲耶は首を傾げる。

 咲耶は転がっていた檜の椅子に腰を下ろすと、両腕を伸ばし、八尋の躰を抱きすくめた。

『――きゃっ!』

 音の無い悲鳴を上げて、背後に倒れ込む。

 咲耶の胸にすっぽりと収まるように抱かれた八尋は、はらりと落ちた腰巻タオルを拾い上げようと、慌てて手を伸ばした。

 同時に、咲耶の白い太腿に、色鮮やかで毒々しい刺青があることに気づき、硬直する。

 太腿に巻き付くようにして彫られた鱗のある黒い胴体が、火炎を散らしながら、うねうねと内股の方までもぐり込んでいた。

(あれは……蛇?)

 今まで知らなかった咲耶の秘密が、突然目の前にぽんと投げ出されたような気がして、八尋は混乱してしまった。

 はっきりそうだとは言えないが、普通の人はそんな場所に刺青など入れないだろう。

 その戸惑いを知ってか知らずか、咲耶はくすくすと笑い、肌を合わせるように八尋をぴったりと引き寄せた。

「八尋は可愛いよ。この僕でさえ、こうして抱きしめたくなる。
 鷹巳さんもきっと、君に触れずにはいられないんだろうね。
 最初に瀬織家で君を見つけた時、真っ白な手が、誘うように手招いてたって、言ってたから。
 ……透き通るような白い手が、j本物の幽霊じゃないかと思ったくらいだって。
 八尋を見たら、生身の人間なのか、どうしても自分の目で確かめたくなるんだ」

 鷹巳と出会った桜の日のことは、目を瞑れば今でも鮮やかに蘇る

 あれは八尋にとって、本当に特別な日。

 降り注ぐ桜の花びらが、喪服で立っていた鷹巳を、この世のものならざる神秘的な姿に見せていたから。

 鷹巳にとっても印象に残る時間だったなら……あの大切な一瞬を共有できているのなら、嬉しいと思った。

「――ねえ、八尋。僕のこと、嫌いになった? 気持ち悪いって思う?」

 八尋の肩口に顔を伏せるようにして、咲耶が少し暗い、悩まし気な声で呟く。

 美しい思い出に心を奪われていた八尋は、助けを求めるように背中にすがる咲耶に意識を戻し、首を横に振った。