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春耀幻花


<31>



 誰かの悲鳴が聞こえた。

 微睡の中を漂っていると、喉を震わすすすり泣きと、苦しげな呻きが続けざまに響く。

 はっと目を開いた八尋は、自分がまだ瀬織家の土蔵にいるのではないかと錯覚した。

 そのくらい、暗く湿った空気と、悲鳴の反響がよく似ている。

「――あぐううっ! ひあ、うぅっ…アアアァ!」

 苦しみながらも、躰の奥がじわりと痺れるような切なげな声に驚き、八尋は跳ね起きた。

「暴れるな。床に落ちるぞ」

 バランスを崩し、その場からずり落ちかけた躰を、枕元に座っていた鷹巳が腕に抱えるようにして支える。

 しがみついて顔を上げ、苦笑する鷹巳をしばし見つめた。

(ぼくは、どうして……?)

 見たことのない大きな革張りのソファで眠っていたことに気づき、恐る恐る周りを見回す。

 コンクリートに囲まれた、窓の無い密室。

 天井から下がるシャンデリアは、どことなく妖異な光を放ち、暗い部屋をぼんやりと照らし出している。

 灰色の壁には、黒い人影がゆらゆらと揺れていた。

 その影は、鷹巳のものでも、八尋のものでもない。

 視線を背後に巡らせた八尋は、吸い込んだ息を吐き出せぬまま、全身を強張らせた。

(……咲耶さん!?)

 壁に沿って立てられた鉄柱と、天井に渡された鉄骨の梁で作られた厳めしい檻の中に、両手首を縛られた咲耶が吊るされている。

 両腕を高く掲げた咲耶は、足の爪先がわずかに床につくだけしか許されず、さらには禍々しい赤い革と金属のベルトで緊縛されていた。

 首から胸元、そして股間へと渡された赤い革ベルトが、妖しい衣裳のように咲耶の裸身を飾る。

 さらに左右の乳首は、リング状の金のピアスで刺し貫かれ、熟れた果実のように腫れあがっていた。

「――ヒイッ!」

 目にしたものの凄まじい衝撃に、やや間をおいてから引き攣った悲鳴が口から飛び出す。

 反射的に身を引いた八尋を、鷹巳が背後からしっかりと抱きしめた。

「ちょうど咲耶の仕置きの最中だ。あれの本性を、お前も見ておくがいい」

 血を噴くほど勃起されられた咲耶の男根には、射精を封じるように革の拘束具が嵌められ、尖端からじくじくと雫が流れ出している。

 下方の双果も卑猥に絞られ、反り返った男性器はグロテスクなオブジェのようだった。

 八尋の目にはどこまでも残酷な緊縛に見えたが、仰のいた咲耶の顔は酔ったように紅潮し、双瞳もとろんと溶けて欲情している。

 暗がりから姿を現した大柄な男が、剥き出しになった脇下を押して躰を反転させると、鷹巳と八尋に汗まみれの背中や臀部を見せながら、咲耶は再び呻きを上げた。

 咲耶を責めているのは、鷹巳と共にいた、影佐という男だった。

 重力に反発するように緊張した咲耶の臀部に手を伸ばし、狭間に埋められた淫具をずるりと引き抜く。

「ひっ…アアアァーッ! やめっ……もう、はずして……もう…イカせて……」

 苦しげに身じろぎ、咲耶は唇をきつく噛みしめて堪えていたが、太い張り出し部分が抜けた瞬間、空気を切り裂くような悲鳴を上げた。

 影佐が手にしているのは、いぼ状の突起で覆われたディルドだった。

 恐ろしいほどに太く、長いそれで、影佐は咲耶を貫く。

 すぐには閉ざすことができず、柘榴の果肉のようにぱっくりと開いた赤い後孔は、八尋の目の前で、驚くほどスムーズに張り型を咥え込んでいった。

 それはあたかも、我が身の過去を目撃するような淫猥な光景。

 幼い頃から父である孝義に弄ばれ、性の悦楽を仕込まれていた自分もまた、あんな風にディルドを嵌められてよがっていたのだろうか。

 心は嫌悪に悲鳴を上げながらも、そんな気持ちとは裏腹に秘芯を疼かせ、快楽の雫を滴らせてしまう。

 淫楽を貪る肉体に創り変えられていたことが改めて恐ろしくなり、八尋は血の気が引いてゆく感覚を味わった。

「咲耶はああして、いたぶられて悦ぶ性の持ち主でな。 
 お前に手を出したのも、影佐に放っておかれた欲求不満からだろう。
 浮気のスリルを楽しみ、その後の仕置きを待ち望んだからかもしれないが」

 八尋はぶるぶると震えていたが、鷹巳は優雅に足を組んだまま、冷たく醒めた声音で語る。

 その声に欲望の色は無く、無感動な映像をただ眺めているという雰囲気だった。

 鷹巳という男が持つ底知れない冷酷さを、否が応でも感じずにはいられない。

 彼を本気で怒らせたなら、憤激や憎悪ではなく、極限に達した無関心な双眸を向けられることになるのだろう。

 自己の存在が、完全に世界から抹消させられるような――。

 不意に、鷹巳はサイドテーブルに手を伸ばすと、白いプラスチックの小さな箱を取り上げ、カチリとスイッチを押した。

 ヴィィーン……と低いモーター音が響いた途端、ハアハアと息を荒らげていた咲耶が引きつった叫びをあげ、狂たようにのたうち回る。

 咲耶を穿つディルドが、鷹巳が手にしたリモコンで作動し、淫らなバイブレーションで蠢いていた。

「ひううぅっ……く、はっ……やめ、止めて……ッ!」

 弓なりに仰け反り、鉄の梁と革の拘束具を繋ぐ鎖を軋ませながらもがく咲耶を、背後から影佐が抱きすくめ、右足をすくい上げる。

 精液と汗で白く濡れた太腿には、赤い炎をまとう漆黒の大蛇の刺青が絡みついていた。

 鎌首をもたげた蛇は、赤い舌を閃かせ、あろうことか咲耶の肉茎を呑み込もうとするような形で股間に彫られている。

 さらに大蛇の周囲には、血のように赤い曼珠沙華が咲き乱れ、妖艶な花園となって咲耶の男根を飾っていた。

 彼岸の花に潜む大蛇が、咲耶自身を呑み込もうとしている。

 薄い草むらの陰になっても鮮やかな曼珠沙華は、おぞましいほど赤く燃えていた。

「咲耶のあれは、影佐が彫らせたものだ。
 あれを彫られて以来、咲耶は女を抱けない躰になった。
 お前を抱こうとしたのも、咲耶なりの復讐だったのかもしれないな」

 卑猥な刺青の毒々しい景色に驚愕し、目をそらすことができない八尋の耳元で、鷹巳が楽しげに嗤う。

 空いた影佐の手が、拘束具の上から肉茎を扱くと、息絶えるように喘いだ咲耶は絶頂の痙攣を放った。

 鷹巳がカチリとスイッチを切ると、咲耶の頭ががくりとうなだれる。

 戯れるように鷹巳がスイッチを入れ、さらに影佐がバイブレーターを抜き差しし始めると、咲耶は狂乱したように声を上げながら、縛られた不自由な躰をびくびくと踊らせた。

 仰け反った咲耶の双眸に涙が膨れあがり、濡れた頬を滴り落ちていく。

『やめて……もう、止めて! 鷹巳! 咲耶さんを虐めないで!』

 惨い仕打ちを見ていられなくなり、八尋はリモコンを奪い取ろうと手を伸ばした。

 たとえこれが懲罰の一環だとしても、咲耶はもう十分すぎるほどに苦しんでいる――だから、これ以上苛むのは、やり過ぎとしか思えない。

 だが、鷹巳はその手をあっさりとかわし、八尋をうつ伏せに組み敷くと、背後から喉を締めるように腕を回した。

「それなら、二度と咲耶と戯れないことだ。
 お前が他の男に身を委ねれば、私はお前だけでなく、相手にも犠牲を払わせる。
 よく覚えておけ」

 耳朶に口づけて囁いた鷹巳は、こくこくと涙ながらに頷く八尋の太腿にするりと触れ、そこにある鱗の痣をなぞった。

 びりっと電流が走り、八尋の躰から力が抜ける。

 鷹巳は喉に巻いた腕を外し、仰け反った首筋に口づけを落とすと、新たに刻印された噛み跡を舌先で舐めあげた。

 痣の愛撫と、噛み跡へのキス――ただそれだけの行為が合図となり、八尋の躰は蕩けて、抗えなくなる。

 鷹巳という存在を受け入れる、淫らな肉の器になっていた。

 だが、それ以上は八尋に触れず、顔を上げた鷹巳はスイッチを切ると、死刑執行人のような空気を漂わせる影佐に指示した。

「最後にお前の鞭で酔わせてやれ。その後は、お前の好きにしろ」

 のろのろと顔を上げた咲耶は息を止め、怯えを含んだ眼差しを影佐に向けた。

 壁に掛けられていた黒光りする鞭を取り上げた影佐は、持ち手の先で咲耶の顎を持ち上げ、残忍な笑みを浮かべる。

「さあ、お仕置きの続きだ、咲耶……いい子になるまで思いっきり味わってもらうぞ。
 この綺麗な背中と尻を、血が出るほど打ってやろう。
 その後で傷口をゆっくりと舐めてやる──可哀相なここと、後ろもな」

 ぱらりと六条鞭が解けて、床に向かって落ちる。

 影佐のわずかな手首の動きで、革の帯の束がひゅっと蛇のように跳ね上がり、畏縮することもできずに張りつめている咲耶の男根を軽く叩いた。

「……あ、ああっ……もう止めて――謝るから……二度としないから……」

「そう言いながら、何度、俺を裏切る?
 どうしようもない淫乱のお前には、事あるごとに、きつい罰が必要だろう?
 お前もそれを、期待しているくせに」

 鞭を巻き上げた影佐が、咲耶の前方を封じていた拘束具を外す。

 解放された男根は、びくびくと脈動したが、射精までにはいきつかない。

「鞭打たれながら、イッてしまう変態の顔を、八尋さんにも見てもらうといい。
 きっとお前を軽蔑して、二度と近づかないだろう」

 その言葉でようやく八尋の存在に気づいたのか、はっと視線を彷徨わせた咲耶は、恐怖に顔を引き攣らせた。

「もう、許して……かんにんして、鐐士(りょうじ)っ! アアーッ……!」

 影佐の手首が翻った瞬間、ヒュッと風が鳴り、唸りを上げた鞭が咲耶の臀部を打ちのめす。

「ヒイーッ! あっ…あうっ……アアァー!」

 吊された咲耶の躰が跳ね、つんざくような悲鳴が上がった。