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 大きすぎるワイシャツとズボンを身につけ、悠利はフラフラとした足どりで夜道を歩いていた。

 この二日間、ほとんど食欲もなかった身体は衰弱しているため、強い北風に煽られると全身が凍りつきそうだった。

(……寒い──でも、どこにも行けないし……)

 金曜日に東山と出会い、その日の夜からホテルのスウィートルームに閉じこめられていた悠利は、その間中、身体に衣服を身につけることを許されなかった。

 最初の夜は、両手足を鎖で繋がれ、男同士のセックスを初めて強要されたのだ。

 経験も無く、知識も無い──そんな悠利の身体は、催淫剤を使われたせいもあって、無我夢中で快楽を貪った。

 苦痛とそれにも勝る快感に啜り泣きながら、悠利は東山の欲望を注ぎ込まれ、長い拷問じみた時間の果てに失神してしまった。

 翌朝、目が覚めた時には、東山はもとの礼儀正しい穏和な紳士に戻っていて、記憶が曖昧な事もあって、全てが夢だったのかと思ったほどだった。

 だが、全身に残る鈍い疼痛と、違和感が、それが夢ではないのだと教えていた。

 それゆえに、ルームサービスによる朝食にも手をつけられず、悠利はベッドの中で丸く踞ったまま震えていた。

(──どうして? どうして、東山さんがあんな事を……どうして、僕を?)

 ハンサムで金銭的な余裕もあり、社会的な地位も申し分ない東山なら、わざわざ自分のような貧相な人間を相手にしなくても、選りすぐりの美女や美少年を侍らすことができるだろう。

 悪巧みを考えていた孝平から救ってくれた──だからこそ少し心を許すことができたというのに、何故その彼が孝平と同じような事を考えたのか。

(彼にとっては遊びなんだ……僕みたいな世間知らずが面白くて、だから──)

 胸が痛い──陵辱され、痛めつけられた身体以上に、傷ついてしまった心が……。

 ぽろぽろと涙が溢れだす。

 喉をついて嗚咽がこみ上げたが、悠利は必死でそれを押し殺した。

 ところが、まるで悠利の泣き声を聞きつけたように、寝室に東山が入ってきた。

「悠利──どうして泣いているんだ?」

 頭までかぶった掛け布団を剥ぎ取り、悠利の頬に流れる涙をみとがめた東山が、少し怪訝そうな声でそう訊ねてきた。

 ──涙の理由が、何故判らない?

 傷つけられたのは己の男としてのプライド、そして芽生えかけていた儚い想い。

 その全てを平然とズタズタにしておいて、不思議そうに聞いてくる男の心理が理解できず、悠利は悔しさのあまり唇を噛みしめていた。

「君は泣き顔も可愛いんだけどね──まだ痛くて動けない?」

 くすくすと笑いながら、東山は悠利の顔を両手で捕らえ、抵抗する間も与えずに深く口づけてきた。

 手枷の外された両手で、必死に胸を押して逃れようとしたが、快感をもたらす舌の動きに翻弄され、いつしか息を喘がせてしまっていた。

 くたりと脱力した身体を優しく抱き締めた後、彼は悠利をうつ伏せにさせ、昨夜散らしたばかりの後蕾を丹念に舐め始めた。

 拒絶し、逃れようとしたものの、がっしりと腰を押さえつけられてしまい、舌先が内部に侵入してくると、悠利は瞬く間に前方を高ぶらせてしまった。

 妖しい、淫靡な快美感──熱い男根に擦り上げられる強烈な快感が蘇り、悠利は声を殺すこともできずに喘いだ。

 だが、残酷な支配者は、悠利が昇り詰めることを許さず、絶頂寸前で焦らすことを繰り返した。

 やっと解放できる──そう思った時、再びペニスリングを嵌められ、塞き止められてしまう。

 恥も外聞も忘れて「イカせて欲しい」と哀願した悠利に、東山は唇で奉仕することを命じた。

「──いやだ……できない……」

 青ざめて首を振る悠利を見つめ、男はくすくすと楽しげに笑った。

「できないなら、悠利のこの小さなお口にまた咥えてもらおうか。
 昨日はクスリを使ったから痛みは少なかっただろうけど、今日からはもう使わない。
 濡らさないまま突っ込まれると痛いぞ──裂けるかもしれないな」

 痛みの記憶と、射精を塞き止められた苦痛の中で、悠利は奉仕することを選んだ。


 鮮明に蘇った淫らなおぞましい記憶を振り払うように、悠利は大きく頭を振った。

 気が付けば、いつの間にか大きな橋の上まで来ており、下を見下ろすと、都会の明かりを反射して輝いている夜の川が見えた。

 流れがあるのか、無いのか──川の流れはあまりにも静かで、ぼんやりと見下ろしていると、その黒い水面に引き込まれてしまいそうだった。

(もう……ここから、飛び降りてしまおうか──)

 やっと自分の望みが叶い、心が安らぐ日々が送れるようになった。

 だが、自分一人の力で生きていくと決心したというのに、どこからともなく圧倒的な力を持った人間が現れ、ささやかな幸福を破壊していく。

 いつだってそうだった──自分の人生は、力を持った大人たちに操られ、ほんの少しの願いすら叶えられない。

 優しい母親が欲しい、暖かな家族が欲しい、そして平穏な日々が欲しい。

 そんな世間では当たり前のような事でさえ、自分には許されていないのだろうか。

(どうして神様は──僕の願いをかなえてくれない?
 大それた望みを抱いたわけじゃない……ただ、少しでもいいから、幸せだと思える日々が送りたかっただけだ)

 ゆらゆらと照り輝く川面を見つめるうちに、乾いていたはずの涙が溢れだし、冷たく凍えた頬の上を流れていく。

 凍えた吐息とともに嗚咽をもらした悠利は、不意に目眩を感じ、そのままアスファルトの上に崩れ落ちていた。

 氷のように冷たい地面が、悠利の体温を奪っていく。

(──神様……どうか、僕にほんの少しの幸せを下さい)

 天空にかかる冴えた三日月を最後に見つめ、悠利はそのまま意識を失った。




 祖父の屋敷がある鎌倉から自宅への帰り道、父親の運転するベンツの後部座席で外の風景を眺めていた鷲塚琉花は、橋の上に立っている人物を認めて大声を上げた。

「ああ〜、ゆーりせんせーだ! パパ、車、とめて、とめて!」

 いつも冷静で格好いいパパであったが、耳元で突然琉花が大声で叫んだことに、さすがに驚いたらしい。

 路肩への停車の仕方が、いつもより少々乱暴だった。

 そんな事を考えながら、琉花はベンツから飛び降り、反対車線へと渡る横断歩道へと一目散に走っていった。

「琉花〜! ちょっと、急にどうしちゃったの!?」

 慌てたように追いかけてくる母親の声を背後に聞きながら、琉花は橋の上でぼんやりと立っている悠利を見つめていた。

(──何だか、ようすがへん? ゆーりせんせー、泣いてるの?)

 信号が青になるのを待っていることすらもどかしく感じ、琉花はまだまだ小さい足を一生懸命動かしていた。