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<16>



 奇妙に冴えてしまった頭を落ち着けようと、キッチンに行ってグラスに水を注いだ悠利は、大きくため息をついていた。

 だが、静まり返った夜の静寂に、思った以上に響いてしまい、自分自身でびっくりしてしまう。

 鼓動を速めた心臓をなだめるように胸の上に手を置いた時、ふと、どこからか小さくすすり泣くような声が聞こえてきた。

 必死で押し殺すようなその声は切なく、甘やかで、肉体が否応なく欲情してしまうほどに官能的だった。

 いつの間にかそちらに足を向けていた悠利は、わずかに開いたそのドアの中から声が漏れてくることに気づき、呆然と立ちつくしてしまった。

「あ…はっ…ああっ……海琉──ゆるして……ああっ……も、もう、ゆるして──」

 快感に濡れた哀願は確かに零の声で、その直後にピシャリと肉を打つような音が響いた。

「アウッ、痛い! いや……やめて……」

「──嫌じゃなかったら、お仕置きにならないだろう?」

 か細い零の悲鳴を笑うように、鷲塚の深い低音が問い返す。

 ドアの隙間からそっと中をうかがうと、ベッドの上に前向きに倒された零が腰を高く掲げ、その狭間に鷲塚が深く入り込んでいた。

 淡い間接照明の中に浮かび上がる二人はお互いに全裸で、濃厚な情熱を交換し合った後のように汗で濡れている。

 逞しい筋肉質な肉体を惜しげもなくさらしながら、鷲塚は儚いほどに華奢な零の身体を二度、三度と浅く突くと、猛々しい赤黒い雄根をぎりぎりまで引き抜き、その後、一気に最奥を突き上げた。

「ああーっ……あっ、ああっ…だめっ…ああっ…やっ……こわれる……からだ…が──」

 奥を抉られ、亜麻色の髪を振り乱した零は、再び臀部を強く打擲されると、夜の闇を引き裂くような悲鳴を上げて全身を激しく痙攣させた。

 ぐったりと上体を崩した零の身体が本当に壊れてしまうのではないかと思えるほど、鷲塚は凶暴な楔で突き刺し続け、激しい抽挿を繰り返す。

「あ、ああっ……ああ、は…んっ……ああ……っ」

 恍惚と苦悶が交錯する零の顔は美しく、その声はぞくぞくするほど艶めかしい。

 開かされた白い大腿の内側はぬらりと光る銀色の蜜液で濡れており、淫らな水音が流れるたびに、後から後から止めどなく滴り落ちてきていた。

 双丘を叩いていた鷲塚の手が前方に入り込んだ途端、クチュクチュと内部を掻き回すような音が聞こえた。

「後ろに挿れられて、叩かれて──それだけで、こんなに濡らしたのか?
 こんなに感じていたら、お仕置きにならないぞ、零」

「やあっ…ゆるして……あ、ああっ…ごめんなさい……もう、ゆるして──」

 どうしようもなく感じてしまうのか、枕にしがみついた零が、そこに触れられるたびに腰を揺らして歔き声を上げる。

 悩ましく淫らな狂態──上体を屈した鷲塚に唇までをも貪られる姿は、どこか哀れな生贄のようにも見えた。

 肉体の芯に情欲の炎が灯り、悠利は逃げるようにその場を離れた。

 恩人である人たちの情交を盗み見してしまったという後ろめたさを感じ、自分が見ていた生々しい淫夢を思い出して動揺してしまう。

 だが、一度火がついてしまうと、なかなか思うように鎮まらないのが男の欲望であり、悠利は寝室に戻ることができず、そのままバスルームに入った。

 本当に久しぶりに、自分自身を片手で扱いてみる。

 もともと性欲が人よりも淡白なのか、ほとんど自慰などしたことは無かったのだが、高ぶってしまった情欲を処理するためには、どうにか自分でイクしかない。

 零が身悶える様を脳裡に描くと、さらに欲求が増し、次第に呼吸が荒くなった。

 鷲塚が深々と貫いていたのは、柔らかな女の花唇ではなく、その後方にある慎ましやかな背徳の秘蕾。

 零はそこを擦り立てられ、抉られながら、快感に啼いていたのだ──自分と同じように。

 熱い楔が挿れられる時の圧迫感と苦痛、そして内部を穿たれる時の衝撃、全てが引きずり出されるような恐ろしいほどの快感。

 後花だけで極まることができるように、東山は悠利の前方を封じた上で、ゆっくりと媚肉を広げていった。

 細かったディルドが太くなるにつれ、圧迫感は増したが、肉体がどんどん熱くなった。

 一度絶頂を迎えてしまうと、後から何度も何度も高波が押し寄せ、終わりの無い法悦に気が狂いそうになる。

 声が枯れるほどに泣き叫び、許しを請う──繰り返すうちに悠利は、自分のプライドが砕け散り、身体も心も全て暴かれて、彼の奴隷に成り下がっていた。

「……ああっ…あっ……慶司さん──お願い、挿れて……」

 いつしか零と鷲塚の姿は、自分と東山にすりかわり、悠利はホテルで行われた淫らな調教を思い出しながら自身を慰めていた。

「悠利、私から逃げる事は許さない──君は私の奴隷になったんだから……」

 囁かれた魅惑的な声が耳元で木霊し、悠利の肌はぞくぞくと粟立った。

 何故なのかは判らない。

 ただ東山の肉杭が自分を犯した時の事を思い出した途端、あっさりと欲望が弾けた。

 大理石張りの床に膝をついていた悠利は、冷静さを取り戻すと、飛び散った白濁がひどく汚いものに思えた。

 急いで熱いシャワーを浴び、全身に残る気怠い余韻を消し去ろうとする。

(……どうして僕は、あんな男の事を──僕を慰み者にして、弄んでいただけなのに……)

 壁に両手を突き、頭から水流を浴びていると、それとは別の流れが目尻から頬に伝った。

「僕は……あんなヤツの事、大嫌いなはずなのに──」

 思い出してしまう事が悔しく、そして悲しい。

 なけなしのプライドを破壊し、自分を玩具にした男の顔や声、肉体の熱さや巧みな愛撫が、全てこの身体に刻み込まれているのような気がする。 

 記憶をリセットして、全てを消し去ってしまえるのなら、どれほど楽になれるだろう。

「……くっ…うう、うっ──」

 嗚咽が喉の奥からこみ上げ、悠利は口許を抑えて踞った。

 大粒の涙が溢れだして止まらない──絶望と憎しみの裏に隠されていたのは、紛れもない恋情だった。

 オモチャや奴隷ではなく、ただ一人の「恋人」なのだと言ってもらえたなら、自分の心はこれほどまでに凍えなかっただろう。

 彼にとって自分自身が全く価値の無い存在だと判ってしまったからこそ、彼を純粋に愛することができず、憎むことしかできなかった。

 そして、憎悪するほどに絶望は増し、未来への希望もまた失われていく。

(慶司さんが本当に愛しているのは……零さんで──僕はただのオモチャなんだから……)

 零に叶うはずなど無い。

 あれほどに優しく、思いやりに溢れた人を、自分は他に知らない。

 ただ娘の幼稚園の先生というだけで、他人にすぎない自分に、どうしてあんなに優しくできるのかさえ判らない。

 零は、苦しみに満ちた自分の心を救い、癒してくれた。

 だから、彼女を憎んではならない……嫉妬してはならない──東山が言っていたように、零は「癒し」の存在であるのだから。

「──ごめんなさい……ごめんなさい、零さん。
 僕は慶司さんの事が好きになってしまったから……あの人に愛されるあなたの事が、きっと嫌いになってしまう。
 どうか、どうか──醜い僕を……許してください」

 早く、この家から出なければならない──自分が、零をひどく傷つけてしまう前に。

 だが、温かな愛情に守られた場から飛び出し、また孤独な場所に戻る事に怯え、悠利の心は深い迷いと躊躇いに揺れ動くのだった。