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 先ほどの威勢の良い啖呵は聞き間違いだったのだろうかと思いつつ、悠利は子供たちの描いている絵を見て回ることにした。

 子供のお願いというのはどれも微笑ましくて、自然に笑みがこぼれ出る。

 画用紙に向かっている姿はみんな、幼いながらも真剣な表情だった。

「だめ〜、せんせー、みちゃ、めーなの」

「ごめんね、智君、もう見ないからね」

 クラスの中で一番小さな平本智也(ヒラモト トモヤ)君は、悠利が上から覗き込もうとすると、がばっと画用紙の上にうつ伏せてしまった。

 もともと恥ずかしがり屋の智也は、自分の絵を見られる事も恥ずかしいと思うらしい。

 その隣に座っている琉花の絵を見た悠利は、そこに描かれているものを見て、ふと首を傾げてしまった。

(──パパとママ、琉花ちゃんなんだろうな、多分……。
 でも、もう一人の小さな子は──琉花ちゃん、弟っていたっけ?
 サンタさんにしては、小さすぎるような気が……)

 それは、どう見ても仲良く手をつないでいる4人家族のようであった。

「琉花ちゃん、サンタさんに何をお願いするの?」

「るかねえ、おとーとが欲しいの。
 サンタさんにおとーとを下さいってお願いするって言ったら、シショーが『それはパパとママにもお願いしろ』って言うの。
 家族みんなでお願いしなきゃ、サンタさんもかなえてくれないんだって。
 パパとママに言ったらね、ママはちょっと困った顔してて、パパは……とってもうれしそうな顔をしてたよ。
 ──だから、今日からごりょこうに行くんだって」

「──……え?」

 思考回路がフリーズし、ぱちぱちと瞬きを繰り返す悠利を見上げ、琉花は無邪気な顔で笑っている。

「『パパとママも一生懸命サンタさんにお願いしてくるから、3日間、琉花はおじいちゃんのところで良い子で待ってろ』って、パパが言ってた」

「……一生懸命……3日間?」

 自分の顔がどんどん紅潮していくのが判り、悠利は思わず天井を見上げてしまった。

(──琉花ちゃんのパパとママって……ものすごくラブラブなんだ……)

 琉花が5歳なのだからもう新婚という雰囲気ではないはずだが、話を聞いていると、琉花のパパのママに対する熱愛ぶりには何やら凄まじいものを感じる。

 しかし、となると3日間、琉花は一人でおじいちゃんの家に預けられることになるわけで──。

「パパとママがお出かけして、琉花ちゃんだけお留守番するの、寂しくない?」

「う〜ん、ちょこっとさみしいけど、おじいちゃんとこ、いっぱい人がいるから。
 シンちゃんとシショーも来るし、タカさんもカオルちゃんもいるし、シロちゃんやタイガもいるからね〜。
 みんなと遊んであげなきゃいけないから、るかもとってもいそがしいんだよ」

(……遊んでもらうじゃなくて、遊んであげるなんだ)

 その言い方に笑いがこみ上げたが、ふと悠利は琉花のおじいちゃんの家に興味を引かれた。

 どういう家なのかは判らないが、ずいぶんと人が集まる場所であるらしい。

(今時珍しい、大家族なのかなあ──ずいぶんと賑やかそうだ)

 琉花の物怖じしない性格は、そういう所で鍛えられたせいで形成されたのだろうと、悠利は奇妙なほど納得してしまった。




 夕方になり、子供達のお迎えの時刻になると、外の空気が急に冷え込んできた。

 幼稚園の制服の上から、温かいダッフルコートを着た園児たちが、迎えに着た母親や家族の所に笑いながら駆け寄っていく。

 土曜日と日曜日は休園であるため、月曜日まで子供達とはお別れである。

 寂しさを感じながらも、連絡ノートにも書いた連絡事項を口頭で簡単に伝え、悠利は笑顔で彼らを見送った。

 バタバタと第一陣を送り出してしまうと、束の間、空白時間ができる。

 残っているのは5人だけとなり、その中に琉花の姿もあった。

 先ほどまで他の子供と賑やかにお喋りしていた琉花であったが、いつの間にか、昨日と同じ場所で静かに読書を初めていた。

(ほんとに不思議な子だよな〜。
 この年頃だと、まだ一人でお留守番っていうのは、ちょっと辛いんじゃないかと思うんだけど。
 パパにもママにも甘えたい年頃なはずなんだけどねえ)

 いくら他の子より自立心が育っていたとしても、やはり3日間も他の家に置いていかれるのは心細いのではないかと、悠利はつい思ってしまう。

 しかし、3人の母親がお迎えに来たため、悠利の意識は琉花から離れた。

「──だれのパパなのかしら……すごく素敵よね」

「久しぶりに、あんないい男を見たって感じ。
 うちのダンナと交換してもらいたいわ」

「あら、あなたのダンナさんだって、素敵じゃない。
 お仕事もできるし、頼りになるし、将来出世間違いないって噂よ」

 うっとりとした表情で、ぺちゃくちゃとお喋りを続けている彼女たちに、悠利は話しかけることができずに困惑してしまった。

 誰か、別の子のお迎えだろうかと思い、ガラス戸越しに門の方を見ると、キャメルのロングコートを着た背の高い男が立っているのが見えた。

 ちょうど電話がかかってきたのか、携帯電話で話している横顔は驚くほど秀麗で、いかにも仕事ができそうなエリート的雰囲気がただよっている。

 悠利が持っていないものを、彼は全て持っているように見えた。

 彼を見た瞬間、悠利の心に強い憧れと、同じくらいに強い嫉妬が生まれた。

(神様は不公平だ……平等だって言いながら、強い人と弱い人を作ってしまったんだから)

 自分の心の奥には、まだ直視することのできない劣等感が根付いている。

 久しぶりにその存在に気づかされ、悠利は重苦しい思いに胸が押し潰されそうになった。

「どうしたの、せんせー。変な人がいた?」

 その時、不意に足下から可愛らしい声が上がり、悠利ははっと我に返った。

「……琉花ちゃん──ううん、何でもないよ」

 暗く醜い表情を見られてしまっただろうかと思いながら、悠利は無理に明るい笑顔を作った。

「──そうなの?」

 小首を傾げ、悠利の顔をじっと見上げる鳶色の瞳には、訝しむような心配するような色が浮かんでいる。

 琉花は悠利から視線をそらすと、悠利がずっと見ていた園庭の方を見つめた。

「……あれ、シンちゃんじゃないや──シンちゃん、どうしたんだろう?」

 その途端、不思議そうな小さな呟きが、琉花の桜色の唇から飛び出した。

「あの人──琉花ちゃんの知り合い?」

「うん、ひがしやまシャチョーって言うの。
 パパやシショーのなかまで、るかにいっつもお洋服を買ってくれる人。
 るかやママにはやさしいんだけど──『あいつはかなりアブナイ』って、シショーが言ってた」

 考え込むような表情になった琉花の瞳には、零には無い硬質な厳しさが宿っていた。