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 ほとんど無理矢理に嫌がる悠利を車に乗せ、孝平が向かったのは新宿の駅前だった。

「ひょーっ、すげえカワイイじゃん!」

「確かに、これなら女の代わりになりそうだよなあ」

「いける、いける。俺はもう、やる気バッチリ!」

 孝平と同じ大学の学生だという3人の男たちが、悠利を品定めするような目つきで見回し、好き勝手に喋り出した。

「とりあえず、今日の会費は一人3万だ。
 参加したいなら、全額前払いしろよ」

 にやにやと嫌な笑いを唇に浮かべながら、孝平は悠利の手首をつかんだまま言った。

「ええ〜3枚? 貧乏学生捕まえて、そりゃ無いんじゃないの、コウヘイちゃん」

 ぶうぶうと不平を垂れる一人に、孝平は嘲りに満ちた視線を向けた。

「やりたいって言ってたのは、おまえだろ?
 わざわざ迎えに行ってきたんだから、ガソリン代が入るのは当然だぜ」

 しぶしぶと財布を開き始めた学生たちを見つめていた悠利は、嫌な予感を感じていた。

 孝平の言葉から考えると、まるで最初から自分が目当てだったようである。

(合コンって言ってたのに、女の子はいないし……でも、女の代わりって──)

 悠利の顔を見つめ、下品な笑いを浮かべている4人の学生に、黒い疑惑が湧き起こる。

 と、その時、一瞬だけ車の往来が途絶え、こそこそと話していた彼らの会話の一部が、悠利の耳に飛び込んできた。

「まあ、女は騒ぐとやっかいだし、妊娠されても嫌だからな……」

 まるで、頭をガツンと殴られたような衝撃が走った。

(え……妊娠って──?)

 まさかと思いながらも、孝平の手が離れた瞬間、悠利は踵を返して走り出していた。

「ま、待て、悠利! おい、ぼけっとしてないで、捕まえろ!!」

 大きな声で怒鳴った孝平と、彼の仲間が背後から追いかけてくる気配を感じる。

 とにかく捕まらないようにと、滅茶苦茶に走り回っていた悠利は、いつの間にか高層ビルが林立する方にまで来ていた。

 だんだん息切れがひどくなり、肺に焼け付くような痛みすら感じる。

 しかし孝平達は思った以上に執念深く、まるで猟犬さながらに獲物を追いつめようとしていた。

(……もう、走れない──)

 足がガクガクしはじめ、悠利はその場に倒れ込みそうになった。

 その時、悠利の脇を通り過ぎていった一台の車が、少し行った先で路肩に止まった。

 バタンと荒々しく運転席のドアが開き、顔を怒りで染めた孝平が姿を現した。

「悠利──てめえ、なめた真似しやがって!」

 それとほとんど同時に、背後から楽しげな笑い声が響いた。

「ゆーりちゃん、つ〜かまえた。
 鬼ごっこは、もうお終いだよ〜」

 携帯電話をちらつかせながら、孝平の仲間たちが迫ってくる。

 目の前が真っ暗になるような絶望を感じ、悠利はアスファルトの上にしゃがみ込んだ。

「さすがにこのホテルじゃヤバイから、孝平のマンションに行こうぜ」

「3万払って、追いかけっこまでしたんだから、せいぜい楽しませてもらわないとな」

 肩に孝平の手が触れた瞬間、悠利は悲鳴を上げていた。

「いやだっ! やめろ、僕に触るなっ!!」

「うるさいっ! 静かにしろ、悠利! 黙らないと、ひっぱたくぞ」

「おい、孝平、ヤバイよ──口塞いで黙らせとかないと、目立っちまう」

 周囲を見渡し、そこが有名なシティホテルの近くである事に気づいた一人が、慌てたように孝平に言った。

 と、ちょうどその時、ホテルの自動ドアから出てきた人物が、悠利の悲鳴を聞きとがめたかのように近づいてきた。

「──おや、今の声はやはり室井先生だったね」

 孝平と、もう一人の男に両腕を拘束されている悠利を見つめ、彼は驚いた様子も無く、淡々とした口調で言った。

「……ひ、東山さん! た、助けて、助けてください!」

 天の助けなのだろうか──まさか、こんな所で先刻出会ったばかりの東山に出会うとは思わなかった悠利は、一縷の望みにすがるように声をあげていた。

 そんな悠利を興味深げに見返した東山は、威嚇的な視線を向けてくる大学生を眺めやった。

「と、彼は言っているが、君たちは室井先生をどうするつもりなんだ?」

「あんたには関係ねーよ。
 こいつ、酒に酔っ払って、訳分かんない事叫んでるだけだから」

 孝平はせせら笑いながら自分の車の方を顎でしゃくり、反対側を抑えている仲間と悠利を引きずっていこうとした。

「待ちなさい──関係ないと言われても、室井先生に『助けて』と言われたのだから、このまま黙って行かせるわけにはいかないな。
 彼が酔っ払っているのかも含めて、警察で事情を聞くとしよう。
 幸い、私は西新宿署では顔が広いのでね……すぐに駆けつけてくると思うよ」

 冷静な態度と口調を崩さぬまま、東山はパチンと携帯電話を広げた。

 その瞬間、孝平とその仲間の間に激しい動揺が広がり、彼らはぱっと悠利の腕を放すと、慌てふためいた様子で車の方へと逃げ出していった。

 東山は大慌てでエンジンを吹かし、走り去っていく車を見つめていたが、不意にぞっとするほど冷たい微笑を唇に刻んだ。

「……あ、あの……助けていただいて、どうもありがとうございました」

 そう声をかけ、悠利はまだ少しかすれている声で礼を言い、東山に頭を下げた。

「どういたしまして──と言いたいところだけど、私は特に何をしたわけでもないし、彼らが勝手に誤解しただけだからね」

 悠利の方を振り返った東山は、琉花に見せていたような優しく穏和な笑顔になっており、冷酷な氷のような表情は消え失せていた。

「で、でも……東山さんが来てくれなかったら、あのまま僕……どうなっていたか判らないし」

 従弟である孝平が何を考えていたのか──悠利は、自分の心に思い浮かんだ恐ろしい想像に身震いし、視線を地面に落とした。

「室井先生は可愛いから、男に付け狙われやすいのかな──気をつけないとね」

 くすくすと笑った東山の言葉に、悠利はかあっと頬が熱くなるのを感じた。

「……『可愛い』って、言わないでください。
 これでも、僕、一応男なんですから──」

 身長も168pしかなく、子供の頃の栄養不良がずっとたたっているかのように痩せていて、その美貌が自慢だったという母親譲りの女顔なのだから、可愛いと言われてしまっても仕方がないのかもしれない。

 だが、悠利にとって『可愛い』という言葉は、幼い頃の深く傷ついた記憶しか思い出さない言葉であった。