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(……悠利ちゃんは可愛いわね──本当にお母さんそっくり……。
 お母さんも高校生までは、町で一番可愛いって評判の子だったけど──でも、あんな事になるなんてねえ……)

 大人たちが自分を見ながら噂をする──憐れみと、微かな嘲りをこめて。

 金持ちの愛人になった母親が未婚のまま出産し、そして悠利を虐待したあげく、無惨な死に方をしてしまった。

 そんな真実に近い噂がいつの間にか田舎の町に広がり、悠利はいつも居たたまれない思いをすることになったのだ。

 ふっと辛い過去を思い出してしまった悠利は、自分の表情の変化をつぶさに観察されているとは思いもしなった。

 東山は、忙しく変わる悠利の顔をじっと見つめていたが、すっと長い腕を伸ばし、いつも琉花にするように優しく頭を撫でた。

 途端に驚いた表情で大きな目を瞠った悠利に、東山はにこりと笑ってみせた。

「私から見れば、琉花も君も、同じように可愛く見えるんだよ。
 だって、私の歳であれば、君ぐらいの子供がいたっておかしくないんだからね。
 先生だって、幼稚園の子供たちを『可愛い』と思うだろう?」

 悠利は、「それと同じ事だよ」と付け加えた東山の怜悧な容貌を、ただ呆然と見上げていた。

 確かに東山は悠利よりはかなり年上であったが、父親というには若すぎるし、何よりも格好良すぎるのではないだろうか。

(……でも、確かに僕は子供たちの事を『可愛い』って思っていて──)

 そこまで考えた悠利は、突然ずっとのし掛かっていた重石が無くなり、ふっと心が軽くなったような気がした。

 自分なりに納得した悠利は、やっと明るい微笑みを浮かべることができた。

「それより室井先生──家まで送っていきますよ。
 少し待っていただけたら、車を回させるから」

「え? い、いえ、そんな……大丈夫です、一人で帰れますから」

 慌てたように首と両手を振って遠慮する悠利に、東山は驚くほどに真剣で厳しい眼差しを向けてきた。

「もし、彼らが家の前で待ち伏せていたらどうしますか?
 今度は私も助けてあげられないかもしれない」

 悠利は孝平達に追いつめられていた時の恐怖を思い出し、さあっと顔を青ざめさせた。

 怯えてしまった悠利をなだめるように、東山は声を和ませた。

「あの様子では大丈夫だと思うけど、とりあえず今日は用心しておいた方がいい。
 年長者の言うことは聞いておくべき──そうでしょう、先生?」

 もっともな意見だと思い、悠利は肯定するようにうなずいていた。

 


 それから一時間後、一生かかっても入れなさそうな高級料亭の座敷に、悠利は座っていた。

 自分では作れない手の込んだ料理に箸を伸ばしながら、悠利は猪口を傾けている東山をちらりと見つめ、内心で深いため息をついた。

(……送ってもらうだけだったのに──こんな所でご飯まで御馳走になるなんて、僕ってかなり図々しいヤツかも……)

 目の前に東山が座っていなければ、盛大にため息をつきたいほどだった。

 ホテルの前に大きな黒塗りの外車が停まった時、まさかそれが東山の車だとは思わなくて、悠利は愕然としてしまった。

「会社の車だから」とあっさり言われ、運転手付きの車に強引に乗せられてしまったが、しばらくするとその乗り心地の良さに緊張が解けた。

 その途端──度重なるショックで忘れていた空腹感が目覚め、車中に響き渡るほど大きく胃袋が鳴り出してしまったのだ。

 東山は吹きだしてしまうし、強面の運転手までもが笑いを堪えられないというように肩を震わせている。

 ──穴があったら入りたい。

 悠利は顔を真っ赤にしながら、真剣にそう思った。

 元気な園児たちの相手を一日中していたし、予定外の追いかけっこをするはめになったとはいえ、さすがにこれはあまりにも恥ずかしすぎる。

「じゃあ、私もどうせ夕飯時だから、近くに食べに行きこうか。
 琉花の様子も聞かせてもらいたいし──あの子の相手をすると、確かにお腹も空いてしまうよね?」

 笑いを堪えているような東山の提案に、悠利はうなずく以外何の言葉も返せなかった。

 お腹が空いていないとは絶対に言えない。

 今だって、腹筋あたりを緊張させていなければ、また盛大な合唱が始まりそうな気配だった。


「──琉花の送り迎えは、いつも零ちゃん……ママがしているの?」

 先ほどの醜態を思い出してしまい、赤くなったり青くなったりと、激しく顔色を変えている悠利を見つめ、東山は話題を振った。

「は、はい、ほとんど毎日、琉花ちゃんはママがお迎えに来てます。
 時々、朝は若い男の人が送ってくる事がありますけど……パパの会社の人だって、琉花ちゃんは言ってましたね」

 助かったとばかりにその話題に飛びついた悠利は、柔らかな微笑みを浮かべた零と、いつも元気な琉花を思い出し、心が落ち着くのを感じた。

「ふ〜ん、相変わらずのようだね、あの二人は。
 琉花ができて少しは落ち着くかと思ったんだけど。
 でも、零ちゃんはママになってますます綺麗になって眩しいほどだし、会長が溺愛するのも判る気がするね」

 くすりと皮肉っぽく笑った東山は、何か考え込むように横を向いた。

「……琉花ちゃんのパパには、まだ一回もお会いした事がないんです。
 でも、琉花ちゃんの話を聞いていると、とても優しいパパなんだろうなあって」

 会長というのがパパの事なのだろうと推測しながらそう言うと、悠利の顔を驚いたように見つめた東山が、不審そうな──いかにも納得しがたいといった表情を浮かべた。

「零ちゃんや琉花には……確かに優しいかもしれないが、他の人には……。
 実際に会ったら、琉花の話とのギャップに驚くだろうね」

 怜悧な東山にしては歯切れの悪い言い様に、悠利は思わず首を傾げてしまった。

「ひょっとして、すご〜く怖い人なんですか?」

 アルコールが入ったせいもあり、悠利の口調は少しくだけたものになっていた。

「ひょっとしなくても、もの凄く怖い人だよ、あの人はね。
 零ちゃんを見ていると想像できないかもしれないが、琉花は確かに会長の血筋だ。
 時々、はっとするほどよく似た目つきをすることがある」

 東山の言葉から、幼稚園で一瞬見た琉花の鋭い眼差しを思い出した悠利は、思わず大きくうなずいてしまった。

「琉花ちゃんって、他の子に比べて、すごく……変わってますよね。
 昨日も『ママを守るために強くなる』って言ってたし。
 喧嘩すると男の子よりも強いし、頭も良いんだけど、いまいち何を考えているのか、僕には判りにくくて」

「琉花を取り巻く環境が特殊だから、普通と違っていても仕方ないな。
 あの子の回りには子供より、大人の数の方が圧倒的に多い。
 それも、どれをとっても普通とは言えない連中だしね」