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「東山さんは、琉花ちゃんの家族の事をよくご存知なんですね」

「一番付き合いが長いのは父親だけど、零ちゃんの事は二人が出会った時から知ってる。
 今は状況も落ち着いたけど、琉花が生まれる前までは結構いろいろあってね。
 私も散々こき使われたんだよ」

 穏やかな会話と、耳に心地良い東山の声に酔わされたように、身体からどんどん力が抜けていくような感覚がある。

 身体の奥に凝った熱を冷まそうと、悠利はビールが残ったグラスに手を伸ばした。

 すると、グラスを取った手にすっと東山の手が重ねられる。

 驚きのあまり手を引っ込められないまま、悠利は彼の顔を呆然と見上げた。

「──そろそろやめておいた方がいい。
 今、自分がどんな顔をしているのか判ってるかい、悠利先生?」

 くすりと悪戯っぽく微笑み、手を引いた東山は、ドリンクメニューを取り上げてウーロン茶を指差した。

「これぐらいにしておけば? それとも、日本茶をもらおうか?」

「じゃ、じゃあ、ウーロン茶をお願いします。
 す、すみません……ちょっと、トイレに──」

 ドクンと跳ね上がった心臓の音を気づかれまいとするように、悠利は慌てて立ち上がった。

 ところが歩きだそうとした途端、目の前がぐらりと回転し、悠利はバランスを崩して足下をもつれさせていた。

 倒れると思った瞬間、背後から伸びてきた長い腕が、細い身体を支えた。

「危なっかしいな、抱いていってあげようか?」

 驚くほど間近に秀麗な東山の顔があり、耳元に笑いを含んだ魅惑的な声が落ちてくる。

 それは、ぼんやりとアルコールで鈍った頭が一気に覚醒するほどの衝撃だった。

「わ、わっ……ごめんなさい! だ、大丈夫です、もう歩けますから!」

「そう? 途中で倒れるんじゃないかと、心配になってしまうんだけどね」

 ショックで身体が思うように動かず、ジタジタと暴れる悠利を腕の中から解放してやりながら、東山は可笑しそうにくつくつと笑った。

 襖を開けて、個室から飛び出した悠利は、やっとの思いでトイレにたどり着くと、壁にもたれてずるずると座り込み、思わず両手で顔を覆ってしまった。

(……恥ずかしい──いったい、僕は今日何回、あの人に笑われたんだろう)

 まだ出会ってから数時間しか経っていないというのに、同じ人物に対してこれほどみっともない姿を何度もさらすのは、人生の中でも初めての事だった。

 洗面所の大きな鏡を見つめると、色の白い肌がほんのりと桜色に染まっており、大きな瞳が涙を湛えたように潤んでいる。

「……やっぱり、僕、酔っ払っちゃったかな──ウーロン茶にしとこ」

 手を洗いながら大きなため息をついた悠利は、腕時計を見下ろし、時計がちょうど10時を指していることを確認した。



 ひどく重く感じる瞼をのろのろと開けると、目の前に見覚えの無い天井が広がっていた。

(……あれ……ここ、どこ?)

 自分の安アパートの部屋でないことは、天井の高さからいっても、消えているルームライトを見ても明らかだった。

 足下のライトだけが間接照明となり、その広い部屋をぼんやりと照らし出している。

 部屋の中は温かく、いつの間にかベッドの上に全裸で横たわり、薄い掛け布団をかけられた姿でも肌寒さは感じない──。

 そう認識した瞬間、悠利は自分の置かれている状況に驚愕し、慌ててベッドの上で飛び起きようとした。

 ところが両手首と両足に違和感を覚え、悠利はそれを見た途端、頭が考える事を止めてしまったかのように硬直した。

 両手首には黒い革のベルトが嵌められ、その間は銀色のチェーンで繋がれている。

 掛け布団を引き剥いで足を見ると、そこにも手首と同じ革の拘束具が締められ、それぞれに付属するチェーンはベッドの下の方まで伸びていた。

「な…何……? どういうこと? ここはいったい──」

 疑問が喘ぐような呟きとして唇からもれると、その問いに答えるように、その寝室のドアが静かに開いた。

「──おや、やっと目が覚めたようだね、悠利先生」

 シャワーを浴びた直後なのか、バスローブを着た東山の髪がまだ濡れている。

 眼鏡を外した素顔は、やはり驚くほどに秀麗で、スーツを着ていた時には判らなかった男の色気のようなものがにじみ出している。

 近づいてくる男の姿に、本能的な恐怖を感じ、悠利はじりじりといざるようにしてヘッドボードの方へと逃げた。

「こ、これは、どういう事ですか、東山さん!」

 悲鳴のような声が喉をついて飛び出し、悠利は説明を求めるように両手首を突きだした。

「シャワーを浴びている間に、万が一にも逃げ出されたら困るから、繋がせてもらった。
 別に痛くはないだろう?」

 料亭で見せていた優しく穏やかな笑顔が嘘のように、東山は冷たく残酷な微笑を口の端にのせた。

「……どうしてっ!?」

「どうしてって、決まっているだろう?
 君があまりにも可愛くて、魅力的だったからね。
 それに、誘ってきたのは君の方だ。
 私は来る者は拒まないけど、その分、私のやりたいようさせてもらう。
 君は、十分に私を楽しませてくれそうだよ──ねえ、悠利先生?」

 身体を縮めるようにして震える悠利の隣に腰を下ろした東山は、片手であっさりと悠利の両手を封じ、もう一方の手で細い顎を捕らえた。

「や、やめてください──東山さ…んっ、んん……うっ──」

 パニックに襲われながらも、必死で呼びかけた悠利の唇が塞がれる。

 逃れられないほど深く口づけられ、滑り込んできた生暖かい舌が、我が物顔で悠利の口の中を舐め回した。

 じんと身体の芯が痺れ、舌先が触れる部分からぞくぞくとした快感が湧き起こってくる。

 それと同時に身体の中心部に熱が溜まり、悠利は自分の反応に愕然とした。

「や、やだ……やめて、もうやめて──」

 東山の唇が首筋に移り、時折きつく吸い上げてくる。

 キスの間にいつの間にかベッドに組み敷かれていた悠利は、嫌がるように首を振りながら、必死で男の肩を不自由な手で押した。

「今日は初めてだから優しくしてあげようかと思っていたけど、あまり言うことをきかないとお仕置きをするぞ。
 ここがこんなになっているんだから、身体は嫌がっていないはずだけどね」

 涙に濡れた顔を見下ろしながら、東山が嘲るような口調でそう言い、どうしようもなく感じて勃ち上がった悠利の前方に手を添えた。

 先走りにぬめった先端を親指でぐりっと押されると、それだけで悠利の身体は跳ね上がり、唇から声が溢れた。

「ああっ、あああっ! いや…やめて、いやだっ!」