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魔道士の呪檻


<11>



 その夜、早めに寝台に入ってからも微睡みは訪れず、浅い眠気すらも起きずに横たわっていたロキは、暗い天蓋の隅にわだかまる闇をじっと見つめていた。

(──やはり、ベリアルは来なかった……)

 前回ベリアルに抱かれてから、今夜で2年が過ぎようとしていた。

 最後に抱かれた時は、パリ郊外の自邸で一日中寝台に縛り付けられたまま、主人には決して逆らうことのできぬ奴隷のごとく、肉体を思うままに蹂躙され、陵辱を受けた。

 悲鳴が艶やかな嬌声に変わり、身体が操られるように波うちはじめると、自然に誘惑するような淫らな舞が繰り広げられた。

 そして──男の欲望が欲しいのだと、自らせがむように強いられる。

 拒めば拒むほど、肉体は返って熱い情欲に捕らわれ、甘美な苦痛の中に堕ちた。

 ようやくもたらされた灼熱に深く貫かれた時、ロキは凄まじい快感の渦に巻き込まれ、我を忘れてその悦楽を受け入れていた。

 その時の衝撃を思い出した瞬間、肉体の芯に突き抜けるような恍惚が走り、その熱は瞬く間に野火のように広がって全身を燃え立たせた。

 満たされない情欲に煩悶し、心を惑わされるまま、ロキは熱く疼く花芯に指を這わせ、快感の凝った花芽を慰めるように刺激した。

「あ…ああぁ……あ…んっ──セヴラン……」

 目眩を起こす痺れるような快感に酔いしれながら、ロキは双眸を閉ざし、心惹かれる男の姿を思い描いた。

 その暖かな微笑みも、優しい抱擁も、溶け合うような口づけも──全てを愛している。

 ところがのぼりつめ、快楽の極みに果てる瞬間、脳裏に深い魔性の色が弾けるように広がり、エメラルドの炎がロキを包み込んだ。

 戸惑いと、畏れと、何よりも自己嫌悪に心を引き裂かれ、呆然と横たわったまま、ロキは悦楽の余韻に身体を震わせた。

 漆黒の瞳から涙が溢れ出し、白磁の肌を伝うと、柔らかな羽根枕の上に落ちる。

(──私は……全てを裏切っている。
 神も…セヴランも……そして、私自身をも──)

 あれほど残酷な陵辱を受けながら、ベリアルの愛撫と肉体を求めている己の淫蕩な性にロキは困惑し、深い恐怖と激しい嫌悪を覚えた。

 そして、いつの日か肉欲に引きずられ、心までも制御できなくなるのではないかという、暗い虞が胸の奥底に沈む。

 決意するようにきつく瞼を閉ざし、唇を噛みしめたロキは、涙と慟哭を隠すように、枕の上に顔を埋めたのだった。



 わずかずつ空が明るくなり、群青の空の東に暁光が放たれる。

 血潮と同じ真紅の外套をまとったロキは、深い森の中に埋もれた廃墟を見つめた。

 銃弾を装填したマスケット銃と、サーベルで武装していたロキは、馬の鞍から地面に降り立つと、露に濡れた落ち葉を踏みしめて廃墟へと踏み込んだ。

 1307年10月13日、テンプル騎士団は、謀略に長けた美男王フィリップによって一斉に逮捕され、激しい異端審問の末、廃絶する。

 騎士たちは、魔術を行う異端の徒として逮捕され、拷問にかけられ、裁かれた。

 背教、イエス・キリストへの侮辱行為、入会に際してのいかがわしい男色行為──これらの罪を認めた者は釈放されたが、激しい拷問による自白を撤回しようとする者は、ただちに偽りの宣誓をしたとして再堕落(ルラプス)の罪に問われる。

「騎士団は神聖である。その規則は神聖で、正しく、普遍的である。
 自分たちは非難されるべき過ちも異端の罪も犯していない。
 自分たちが犯した唯一の罪は、命を惜しんで偽りの自白をしたことだけだ」

 火刑に処されるのは再堕落(ルラプス)を犯した者たちだけであり、こうして多くの騎士たちが無実を叫びながら炎に包まれて死んでいった。

 それから100年後、聖女ジャンヌ・ダルクもまた、テンプル騎士と同じ罪で裁かれ、燃え盛る炎の中に消えた。

 地面に崩れ落ちた石の聖堂を見つめたロキは、いつでも撃てるように引き金に指をかけたまま、気配を探るように周囲を見渡した。

 徐々に明るくなっていくというのに、小鳥の鳴き声すら聞こえず、森は静まっている。

 緊張が高まり、掌に汗が滲みだした時、朝風が木の葉を揺らした。

「──物騒なものを持ってきたな、ロキ。
 大人しく、俺に抱かれに来たんじゃないのか?」

 頭上から傲慢な声が降り注ぎ、ロキは反射的にマスケット銃を構えていた。

 不意にざざっと激しく梢が鳴り、高い樹木の上で横たわっていたバルドゥルが地面に飛び降りる。 

 動物の毛皮で作られた粗野な猟師の格好をしていたバルドゥルは、彼の胸元に銃口を向けたロキを見返すと、嘲りに満ちた傲慢な笑い声を立てた。

「俺を撃ってみろ──死ぬかどうか試してみたらどうだ、ロキ?
 もし、俺がここで死ねば、おまえの呪いも解けているかもしれないぞ」

「あなたが私を放っておいてくだされば、手出しはしません。
 故郷に帰りたいのなら、兄上お一人で戻られればよい。
 私は、二度とあの場所には戻りたくはないのですから」

「それで、おまえはどうするつもりだ?
 あの騎士とパリに戻って、仲良く二人で暮らすとでも?
 やめておけ、どうせうまくゆくはずはないんだ」

 足を一歩踏み出したバルドゥルを見返し、ロキは牽制するように鋭く声を放った。

「私に近づかないでください、兄上!
 私はあなたに抱かれるつもりなどない──あなたも判っているはずだ、近親姦をどれだけ重い罪なのか」

「やれやれ、また『罪』のお話か?
 そんなもの、おまえの大事な騎士様とやっていればいい。
 獣に堕ちた俺には、もう人間のルールは通じないぞ。
 発情した牝がいたら、その場で犯すだけだからな」

 くくっと喉の奥で低く笑ったバルドゥルは、青緑色の瞳を光らせ、眩い白金色の髪を煩わしげにかきあげた。

 とろりと潤んだ翡翠のような双眸でロキを見つめたバルドゥルは、少し乾いた唇を舌先で湿らせた。

 その姿は人間であるというのにひどく獣じみて見え、バルドゥルの中に渦巻く獣性に戦慄したロキは、怯えそうになる己を叱咤しながらその場に踏みとどまった。

 と、その瞬間、バルドゥルの姿が縮んだように見え、圧倒されそうなほどの殺気を感じたロキは、躊躇うことなく引き金を引いた。

 轟音が淡い朝霧の中を木霊し、ロキはすぐに銃を捨ててサーベルを抜き放つ。

 跳躍し、空中でくるりと一回転したバルドゥルは、地面に降り立つと同時にロキに襲いかかった。

 迷いなく振り下ろされたサーベルを、拳で殴りつけるように受け止めたバルドゥルは、突然皮膚の中から飛び出したかぎ爪で、その刃を力任せにへし折っていた。

 血にまみれた拳に驚愕したロキは、その瞬間、反対の拳でみぞおちを殴られる。

 激痛に視界が暗転し、がくりと膝を折ると、ロキはそのまま次兄の腕の中に崩れていた。

「──判っただろう? おまえが人として戦おうとする限り、おまえは俺に敵わない。
 俺はもう、とうの昔に、人間であることをやめたんだからな」

 自分よりも遙かに華奢な身体を抱き締め、痛みに低く呻くロキの耳元で囁きかけたバルドゥルは、高貴な貴族だけが纏うことをゆるされた豪奢な衣装を引き裂いた。

 鋭い爪でロキの身を包む全てを切り裂き、その白く眩い裸体を露わにすると、舌なめずりをしたバルドゥルは、まるで見せつけるようにゆっくりと自分の衣を脱ぎ始める。

 引き締まった鋼のような体躯に怯え、激痛に痺れた身体で這いずるように逃れようとしたロキは、長い両腕にがっしりと細い腰を捕らえられていた。

「おまえからは、まるで麝香のような甘たるい匂いがしている。
 あいつが来ない以上、おまえを慰められるのは、俺達だけだ。
 こんなに淫乱な身体を放り出されて──苦しくて仕方がないんだろう?」

 柔らかな耳朶に唇をつけ、ひどく優しい口調で囁いたバルドゥルは、指先を神秘の花弁にもぐり込ませ、そこがすでに十分潤っている事を確かめた。

 身体の中に異物を感じたロキは、拘束されたまま身を捩らせ、死に物狂いで逃れようと抗った。

「──いやだっ! やめて…兄上──あっ…ああーッ!」

 いきり立った牡が花唇の奥深くに突き入れられると、獣の形を取らされていたロキの下肢から力が抜けた。

 衝撃に悲鳴を上げたが、しかし征服を受けた後は必死で歯を食いしばり、声を殺す。

 圧迫感に苦しみながらも、花蜜に濡れた花弁は、しっとりとバルドゥルの凶暴な牡を受け入れていた。

「くっ…たまらんね──おまえの中はひくついて、びくびくとうねっている」

 ロキの背中にのし掛かったバルドゥルは、怒張を先端までゆっくりと引き抜き、そして強く根元まで押し込むことを繰り返しながら、弟の神秘がもたらす快感を味わった。

「ああっ……くふっ…あ、ああっ──ううぅ……」

 やがて、沸き上がる快感に心を乱し、ロキの肌が妖しい絖のような光沢を帯びる。

 挿入された猛々しい楔を締めつけ、突きあげに応じるように下肢が揺れた。

 無慈悲な蛇のようにロキの花芯を犯していた欲望が、やがて律動を早めると、背筋が反り返り、優美な弧を描いて喉が喘いだ。

「あっ…あ、あうッ──いっ…ああ──っ……」

 禁欲を強いられていた肉体の官能が溢れ出し、荒れ狂うような悦楽がロキを支配する。

 ロキの中に一度奔流を放ったバルドゥルは、そのまま今度は緩やかに攻めたて、指先で充血して凝った花茎をしごいた。

「だ、だめ…っ……あぁ…ッ──そこは…そんな……やめてッ…」

 濡れた歔き声を上げ、身悶えを放ったロキは、嬲られるがままに下肢をせり上げた。

「だめと言うわりには、自分で擦りつけてくるじゃないか。
 だが、ここが嫌ならやめてやる」

 ロキが快感の極みに達する直前に身を引いたバルドゥルは、あえかに息づいて誘いかけているような秘蕾を割り広げるように、白い双丘に手をかけた。

 滴る花蜜の潤いを借りて、バルドゥルは禁忌の花に己を押しつける。

 ねじり込むように欲望を収めた瞬間、ロキが悲痛な声を上げた。

「こっちは……使っていなかったせいで、さすがにきついな」

 唸るように呟いたバルドゥルは、腰を使ってえぐるように後花を攻めた。

 そして激痛に強張った身体をなだめるように、ロキの急所である繊細な花芽を擦る。

「うううっ……ひっ、ひい…ッ……あ…にうえ──もう、もう…許して……」

「一年も待ってやっていたんだ……十分に俺を満足させるんだな、ロキ」

 突き放すように言いながらも、己自身が感じる快感と興奮に、バルドゥルの声はかすれていた。

 身体の芯がどろどろと溶け出すような熱に侵され、ロキは次第に惑乱したように正常心を失っていった。

 高慢にさえ見える硬質な、気高い美貌が、陶酔によって妖艶なこの世ならざる魔性の美貌へと変じていく。

 濡れた唇がとろりと開かれ、1つの名を呼ぼうと動かされようとしたその時、不意にバルドゥルは苦しむような表情で、己の唇でそれを封じた。

「──呼ぶな、ロキ……何が起こるか、判らない」

 宇宙の深淵を思わせる瞳がゆっくりと瞬き、バルドゥルの青みがかった翡翠の双眸をもの問いたげに見つめる。

 妖しく、蠱惑的な眼差しが見つめるものが己ではないと悟ったバルドゥルは、妬心に煽られ、限界まで押し開かれた秘蕾を惨いほどに苛みはじめた。

「あっ…あうう……こわい…助けて──堕ちる……」

 地面に落ちた木の葉をつかんで、兄の陵辱を受け止めていたロキは、やがて夜の闇が再び舞い戻り、己の意識を包み込んでいくのを感じていた。