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魔道士の呪檻


<18>



 どれほど時が流れたのか……それとも、どれだけの夜が過ぎ去ったのか──。

 凄絶な魔淫の虜と成り果て、狂気に堕ちたならいっそ楽になれると思えるほど激しい快楽に翻弄される。

 日の射し込まぬ暗い地下墳墓で行われる闇の儀式は、ロキから正常な感覚を全て奪い去っていた。

 ベリアルが前方の花芯を、セヴランが後花をそれぞれに貫き、ロキの内部で二頭の牡が荒々しく、淫らに暴れる。

 2人の男によって掻き乱され、突きあげられると、漆黒の双眸に涙を溢れさせながら、ロキは惑乱したように絶叫した。

 繊細な粘膜で隔てられた双花の中で、灼熱を帯びた楔が蠢き、擦れ合う。

 苦痛を越えた、淫靡な快感が電流のように染み渡り、その怺えがたい刺激にロキは翻弄され、神懸かったように恍惚として神秘の美貌を歪ませた。

 血に濡れたような深紅の唇は薄く開かれたまま、艶めかしく濡れた声を途絶えることなくもらし続ける。

 やがて暗黒の魔宴に加わったバルドゥルが、長い黒髪をつかんでロキを仰向かせ、淫らに緩んだ唇に己の屹立した獣欲を押し込んだ。

 血を噴くほどに紅く凝った花茎を、唾液に濡れた胸の果実を、淫猥に苛んでいるのは、果たして誰の指なのか──。

 理性も、感情も失い、狂えるほどの悦楽に錯乱して噎び泣きながら、ロキは自身の誇りを捨て去って哀願を口走っていた。

「ああ…あっ、あうっ……ゆ…赦して──も…もう……身体が…ひ…ッ……壊れるっ……」

 激しくなった律動に狂わされ、ロキは嬲られるままに総身を妖しく波うたせ、白蛇のようにくねらせる。

 快楽に歔き崩れながら、ロキは暗い虚空に涙に濡れた視線を向けると、そのまま意識を闇の淵へと沈ませていった。



 身体を苛む痛苦と、身動きすらできない重苦しさに小さく呻いた時、不意に唇に柔らかな感覚が触れ、喉に甘い液体が流れ込んできた。

 やっと半分まで覚醒をしていたロキは、その甘き蜜を貪るように飲み下し、さらなる蜜をねだるように唇を開いた。

 与えられるほどに力が浸透し、身体が癒されてゆく。

 ぼんやりと瞼を上げたロキは、間近にベリアルの凍えた白銀の美貌と、禍々しいエメラルドの瞳があることに気づき、小さな吐息をもらして闇色の双眸を閉ざした。

「……ベリアル──」

 呟くようにその名を呼ぶと、唇と瞼に柔らかな接吻が落とされ、愛おしむように優しく黒髪を撫でられる。

 狂嵐の去った身体は気怠く、記憶と思考は深い霧に閉ざされてしまったかのようで、何も考えることができない。

 白い虚空を漂いながら、ロキは為されるがままに愛撫を受け入れていた。

 しかし、やがて意識が澄み渡ってくると、ロキは身体に緊張を走らせ、ベリアルの口付けから逃れるように顔を背けた。

 その途端、青白い妖火で形作られた魔の陣形と、その中に封じられている獣の姿が、ロキの視界に飛び込んでくる。

 はっと目を見開いたロキは、そこに、紛れもない「ジェヴォーダンのベート」の姿を認めていた。

「……な…ぜ──ベートが、ここに……?」

 驚愕のあまり呟いたロキは、ベリアルに支えられるようにして、石壇に横たわっていた身体を起きあがらせた。

 青い炎に閉じこめられている巨大な狼は、踞るように石床の上に伏せたまま、じっとロキを見つめていた。

 逞しい体躯を覆う赤みを帯びた体毛、背中に走る一条の黒い筋、爛々と闇の中で光っている双眸──。

 無力な女や子供を殺し続け、ジェヴォーダン地方を恐怖に突き落とした獣を目の前にしたロキは、戸惑いと怒りを込めた瞳でベートを見据えた。

「これは、おまえが探し求めていたものなのだろう?」

 真珠と銀糸の装飾がふんだんに施された豪華な純白のドレスを身につけたロキを、抱くように支えてやりながら、ベリアルはそう問い返した。

「おまえが……ベートを呼び寄せたのか?」

「おまえとこの獣の間には、すでに絶ちがたい絆が結ばれている。
 ゆえに、私の『声』に呼ばれ、この獣は抗うこともできずにここに来た。
 この獣の飢えは、バルドゥルと同じく、もはやおまえの血でしか満たされぬ。
 ベートを憎み、憐れむなら──ロキ、おまえの手で、この獣を葬るがいい」

 淡々とした口調で告げ、ベリアルはロキの手の甲に口づけると、その手を取って導くように床へと降ろした。

 赤褐色の狼は、明るい茶褐色の瞳でロキを見つめている。

 ロキに銃で撃たれた時、激しい憎悪と狂気に染まっていた双眸は、何を考えているのか判らない静けさに満ちていた。

 訓練された猟犬のように大人しく伏せたまま、身じろぎもしないベートを見下ろし、ロキは訝しむように柳眉をひそめた。

(これが…ジェヴォーダンを──フランスを恐怖に陥れた獣だというのか?)

 ロキの眼前で少女たちは襲われ、一人は神への祈りも虚しく殺された。

 ジェヴォーダンには暗い哀歌が流れ、ベートの恐ろしさは繰り返し歌われている。


     涙を浮かべて来て下さい
     お願いですから聞いてください
     怒り狂ったベートの 世にも恐ろしい物語を……


「おまえが探していた憎むべき獣ならば、この剣で首を落とすがいい。
 これは我が魔力を注ぎし剣──これでおまえが斬るなら、おまえに呪縛された魔獣の命は果てるゆえ」

 ベリアルに手渡され、右手に握らされたのは、禍々しい暗黒に染め抜かれた優美なサーベルだった。

(──この獣を殺せば……ジェヴォーダンの悲劇はようやく終わる)

 瞼を閉ざし、神に祈りながら死んでいった少女の姿を思い描いたロキは、漆黒の瞳に激しい怒りと決意、そして紛れもない殺意を宿らせた。

 柄を強く握り直し、ゆっくりとベートに近づいてゆくロキは、快楽を貪る妖艶な媚態からは想像もつかない、厳格な断罪の死天使のように見える。

 紅蓮の烈火のような怒りと、青白い稲妻のような殺気が、純白のドレスとサーベルを持つロキの全身を華やかなまでに取り巻いていた。

 賛美するようにその姿を見つめていたベリアルは、眩いものを見るようにエメラルドの瞳を細め、唇に微笑を刻んだ。

 飛びかかってくる様子もなく、じっと視線を逸らさずに見つめてくるベートを見下ろし、ロキは漆黒の魔剣を構えた。

 ロキがまさにサーベルを振り下ろそうとした瞬間、巨大な狼は満足したように褐色の瞳を閉ざし、あたかも自ら望むように首を差し出す。

 まるで死を受け入れた殉教者のようにも見え──その姿は、感情を封じていたロキの心に大きな波紋を投げかけた。

「──何故……」

 不意に漆黒の瞳に涙が溢れだし、ロキの手から剣が滑り落ちる。

 カランと高い音を立てて床に落ちたサーベルに気づき、ベートが驚いたように双眸を見開いた。

 暖かみのある褐色の瞳を見た瞬間、ロキの身体が突如として激しく震えだす。

 そのまま頽れるように床に膝を突いたロキは、しなやかな両腕を伸ばし、巨大な狼の首を強く抱き締めていた。

「……何故…どうして、こんな事に──……」

 硬い毛並みに顔を伏せ、涙を流しながら低く呻いたロキは、沸き上がってくる嵐のような悲嘆を制することもできず、声を押し殺して慟哭する。

 止めどなく溢れる暖かい涙を首筋に感じながらも、ベートはその場から動かなかった。

 やがて、白磁の頬を濡らしたまま、ロキは狼の顔をそっと撫でると、褐色の瞳を覗き込むようにして見つめた。

 笑うことなどできるはずのない恐るべき獣が、穏やかに、優しく微笑むように瞳を瞬かせると、ロキの瞳から新たな涙が生まれた。

「ベートを殺せないのか、ロキ?
 その獣によって、100人以上の人間が殺された。
 彼らの味わった恐怖と無念を、忘れたわけではあるまい?」

 残酷な事実を突きつける冷ややかな声が背後から響き、ベートを抱き締めていたロキははっと顔を上げた。

 涙の伝う美貌が苦しげに歪められ、きつく唇が噛みしめられる。

 次の瞬間、ロキは床に取り落としたサーベルを握りしめて立ち上がると、腕を組んでたたずむベリアルを振り返った。

 感情の消えたエメラルドの瞳を睨みつけ、サーベルの剣尖をベリアルに向ける。

 一度、柄頭に刻まれた十字架に視線を走らせたロキは、掻きむしられるような悲痛な思いを胸の奥へと封じ込めた。

「……確かに、私はベートを倒さねばならないと思っていた。
 だが、おまえの望みは、私の手でセヴランを殺させることなのだろう?
 だから──おまえは、ベートの内にセヴランを封じた。
 おまえほどの魔力があれば、そのぐらいは容易い事であるはずだ。
 ベートは許し難い存在だが……ベートを利用して、セヴランを葬ろうとするおまえの方が、ずっと冷酷だ。
 よくも、そこまで残忍な真似ができる──人間を弄ぶのもいい加減にしろ、ベリアル」

 夜空そのもののような漆黒の瞳に怒りを湛え、燃え立つ覇気に彩られたロキを見つめていたベリアルは、己に向けられる迸るように激しい殺意を感じ、唇を美しくつり上げた。

「私の望みは、おまえを手に入れる事。
 おまえの愛が他の者に向けられるなら、当然、私はそれを奪い返す──おまえを愛すればこそな。
 だが、ロキ、果たして私が何をしたというのだ?
 ジェヴォーダンの農民を殺したのは私ではなく、その獣。
 ベートに襲われた少女が助けを求めたのは、私ではなく、絶対なる神だった。

 私がベートの中にセヴランを封じたと考えているようだが、真実はそうではない。
 おまえが彼と出会う以前に、彼は魔獣をその身に受け入れていた。
 彼の欲望や負の感情を苗床にしてベートは育ち、やがて解き放たれた。
 セヴランとベートは表裏一体のコイン、あるいは向き合った鏡像のようなもの。
 彼の圧迫された欲望をベートが成し遂げるからこそ、彼は清廉潔白な聖騎士であれた」

 嘲るような冷たい眼差しで踞った狼を一瞥したベリアルは、揺らめく炎に包まれているようなロキを見つめ返した。

「神を裏切り、罪に堕ちたその男を、おまえは愛することができるのか?
 おまえの血を啜った彼は、もはや他の人間を殺し、貪ったところで癒されず、おまえの身体を抱き、おまえの血を啜ることでしか飢えが満たされぬ。
 おまえの縛奴となったセヴランは、やがて神を忘れるだろう。
 いつしかベートに意識を奪われ、狂える獣のまま彷徨うことになる」

 その言葉を聞き、愕然としたように身を震わたロキは、しかしベリアルが歩み寄ってくると身構え直した。

「私は──彼を、セヴランを愛してる。
 私の血でしか癒されないなら、彼にこの身を捧げても構わない」

 鋭く、叩きつけるような語調で言い放ったロキを、不意に、ベリアルは憐れむように見つめた。

「ロキ、おまえが愛したのは、彼の表の姿にすぎぬ。
 おまえが求めたのは、失われた神の恩寵と赦し。
 セヴランの中にそれを見いだしたからこそ、おまえは彼に惹かれた。
 神の信仰を失い、おまえの血肉の虜になった者をどうして愛せる?
 ベートを憎悪したように、やがて彼を憎むようになるだろう。

 そして、おまえは私でしかその肉体を充たせない。
 どんなに彼を愛したところで、おまえの魔力の源泉は私なのだからな。
 セヴランやバルドゥルがおまえに囚われたように、おまえもまた私の永遠の虜囚なのだ。
 我が永遠の愛を捧げたのは、おまえただ一人──ゆえに、私はおまえを他の男に与える気も、手放す気もない」

「黙れ、ベリアル!
 魔性のおまえに、どうして愛が判る?
 私の誇りを砕き、堕落と汚辱にまみれさせ──それでも、私を愛していると?
 おまえさえいなければ……私がこれほど苦しむことはなかった」

 漆黒の双眸を燃え上がらせ、反駁したロキは、しかし不意に伸びてきた腕に身体と顎を捕らえられ、そのまま深く唇を重ねられると、凍りついたように動けなくなった。