Rosariel.com
魔道士の呪檻


<7>



 その瞬間、背筋を突き抜けるような快感が走り、扉に手をついて身体を支えるしかなかったロキは、仰け反って艶めいた声を上げていた。

「アッ! ああっ──あ…やめて……あ…にうえ……」

 膝から力が抜け、そのまま頽れそうになっているロキを抱きとめていたバルドゥルは、整った薄い唇に残忍な笑みを刻み、不意に片手を伸ばした。

 バルドゥルは、ロキの首の付け根を背後から押さえ込み、そのまま顔を扉に押しつけるような格好を取らせると、前方に回した指を根元まで泉の深みへと沈める。

「はしたないな、ロキ……たったこれだけで、もうこんなにとろけている。
 ずいぶん淫乱になったとは思っていたが──これではさかりのついた牝狼と同じだ」

 滴る花蜜を掻き出すように指を蠢かせ、バルドゥルはロキを辱める言葉を投げかけた。

 必死で快楽をやり過ごそうと唇を噛みしめていたロキは、凄まじい力で衣服を引き裂かれた瞬間、恥辱と快楽に歪んだ美貌を恐怖に凍りつかせていた。

 ──バルドゥルは己を犯そうとしている。

 その目的を察し、おぞましさに戦慄したロキは、首根を押さえていた手が放された途端、身を翻して逃れようとした。

 しかし、その衝動を最初から予測していたかのように、美しく残酷な光神の化身は、長い腕を伸ばして白く細い喉を捕らえると、恐ろしい膂力でロキを吊り上げていた。

 息を詰まらせたと同時に扉脇の壁に打ちつけられ、後頭部に衝撃を感じて目眩を起こしたロキは、そのままずるずると床に崩れ落ちていた。

 抵抗力を失った美しい弟を嘲るように見下ろし、秀麗な顔に残虐な笑みを浮かべたバルドゥルは、ぺろりと唇を舐めた。

 そして千切れた衣服の切れ端を使い、壁に埋め込まれている燭台の台座に、ロキの両手首を縛りつける。

 バルドゥルに背を向けたまま吊り下げられたロキは、背後から強引に下肢を広げられてしまい、蜜を溜めた花弁を指先で開かれると、朦朧としたまま震え上がった。

「──…やめて……もう……赦して──」

「嘘つきだな──こっちは物欲しげに口を開いている……キスをしてやろうか?」

 くつくつと笑いながらバルドゥルはロキの足下に跪き、花弁を押し分けて露わにした花芯に、唇を深く押しつけた。

「ひいぃっ…あ、ああっ……いやだ──ッ」

 のたうつロキを床に縫い止めたまま、バルドゥルはしっとりと濡れた花弁に何度も口づけを繰り返し、狭間の奥に舌を這わせていった。

 妖しい快美感から逃れられず、呼吸を荒らげ、舌淫に操られるままロキが腰を揺らめかせ始めた時、不意に扉をノックする音が響いた。

「──ロキ、何か大きな物音がしたが、大丈夫か?」

 心配するようなセヴランの声を聞き、陶酔から一気に我に返ったロキは、しかしグチュリと奥深くに舌が入り込んだ感触に悲鳴を上げそうになった。

 寸前で歯を食いしばり、美しい柳眉を寄せて快楽に耐えると、そんな弟を見上げ、バルドゥルは喉の奥で低く笑いだす。

 そして、ロキの情欲を煽り、快楽の極みに追いつめるように、ルビーのように充血した花茎を指先で淫猥に弄び始めた。

「あっ…ううぅ……くうっ……ハアッ──!」

「──どうした、ロキ? 扉を開けて、おまえの愛人にこの姿を見せてやればいい。
 おまえの身体を見てどう思うか……奴の愛情を試せるだろう?」

 小さく囁きかけたバルドゥルの言葉に、ロキは髪を振り乱し、必死にかぶりを振った。

 兄弟の密やかな会話は廊下には漏れていないのか、その後もう一度、静かに扉を叩く音が聞こえた。

「ロキ……もう眠ってしまったか?」

 穏やかな声はあまりにも優しく聞こえ、残忍な次兄に虐げられるように翻弄されながら、ロキはこぼれ落ちる涙を止めることができなくなっていた。

(ああ……どうか、私を助けて──セヴラン!)

 心は高くそう叫んでいたが、しかしその一方で、忌まわしい半陰陽の肉体を絶対に知られたくないという痛切な悲鳴も上がった。

(……この身体の秘密を知られ──兄に犯される姿を見られるぐらいなら……)

 声を殺し、セヴランには眠っていると思わせたまま……バルドゥルに抱かれた方が、心は傷つかないのかもしれない──。

 矛盾する感情が涙となって溢れ、青ざめた頬を伝いながら雫となって床に落ちる。

 それを見たバルドゥルは忌々しげに舌打ちすると、深紅の薔薇の蕾のような花芽を口に含み、強く吸い上げていた。

「──ッ!」

 身体が跳ね上がり、その刺激に敏感に反応したロキは、しかし声を封じるように、己の腕に残った衣装に噛みついていた。

 ──助けは求めない……否、求められない……。

 ロキの瞬間的な選択を嘲笑うように、バルドゥルは邪悪な微笑を浮かべ、ひどく暗い声で囁きかけた。

「もしおまえが声を立てないまま気をやれたら、その時は許してやる。
 あいつに気づかれたら終わりだぞ。
 その時は……ここを貫いて、奴の目の前で、おまえをよがり狂わせてやろうか」

 そう言い、バルドゥルは濡れた指先を白く硬質な双丘に這わせ、今はまだ硬く閉ざされた秘蕾をほぐすようになぞった。

 ──主なる神が自ら禁じたソドミー(肛門姦)と、姦淫に溺れ狂う罪。

 そして、「地獄の女神フリアイたちが産み落とし、自らの乳で育てたような狂気の怪物たち」とさえ呼ばれ、かつてはその「死」を万人から望まれた忌むべき者──。

 その存在そのものが罪悪なのだと定められた者が、淫らな禁忌の快楽にふけっていると知れたなら、優しく愛を囁くセヴランでさえ、顔をしかめて己を嫌悪するようになるかもしれない。

(……こんなに醜い私を──いったい、誰が愛するというのだろう)

 声を出すまいと悲壮な決意をして耐えるロキを見つめ、翡翠の双瞳を冷たく細めたバルドゥルは、ことさら快楽を煽るように指を蠢かせた。

 執拗に花茎に舌を這わせ、きつく締めつけてくる蕾を指で犯していると、被虐の官能に肉体が耐えきれず──とろりと花蜜が溢れ、白い内股を濡らす。

 しなやかな身体が苦しむように波うち、息が止まった。

 そして瞼の奥で閃光が弾け、ロキは白い闇の中に陥落してゆく。

 嬌声も悲鳴も上げぬまま──奥ゆかしいほど静かに、誰よりも妖艶に……。

 与えられる快感にロキが耐えようとするほど、嫉妬にも似た感情を募らせていったバルドゥルは、それを見て苛立たしげに鼻を鳴らした。

 燭台に縛りつけた両手首を解放してやり、支えを失って床に頽れたロキを見下ろしていると、加虐的な欲望と悦楽がさらに高ぶってゆく。

 白い足を乱し、荒い呼吸を繰り返すロキの姿はひどく艶めかしく、そのまま強引に陵辱したくなるほど牡の欲情をそそった。

 バルドゥルは苦しげに喘ぐロキの前に立つと、長い黒髪をつかんで上向かせた。

 そして身にまとっていた薄汚れた猟師の服装から己の楔を探り出し、濡れた紅い唇にその先端を押しつけた。

「今日のところは許してやるが──口で俺を満足させろ、ロキ。
 あの男に、こっちの方も仕込まれているはずだろう?」

 驚愕と恐れに漆黒の双眸を見開いたロキは、強引に突き込まれた肉刃に喉奥まで犯され、その苦痛に顔を歪めた。

 そして、バルドゥルを鎮めなければ逃れられないと瞬時に悟る。

 深い屈辱に心を灼かれながら、ロキはその猛々しい凶器に舌をからめ、指を添えて牡の快感を引きだすように唇でしごき始めた。

 ところが、温かく濡れた口の粘膜を硬い灼熱の楔が擦るたび、やがて意識の奥深くから官能的な深い声音がロキの脳裏に蘇ってきた。

(──ロキ……歯を立てるな──もっと舌を使って、私に仕えろ)

 悪しき魔性に淫らな奉仕を強いられ、抗えば狂うほどの汚れた快楽に堕とされる。

 苦しみながら唇で奉仕を続けると、長く優美な指先が驚くほど優しく髪を梳き上げた。

 それだけの行為が痺れるような疼きを生み出し、そして命じられるがままに身体を開かされ、深く、重く貫かれる……その頽廃と背徳に汚れた恐ろしいほどの快楽──。

 そんな責め苦が永遠に続く事を絶望しながら、しかしそれでもロキの肉体は与えられる愛撫を待ちわび、日を追うごとに快感を渇望する。

 思い出した瞬間、身体の奥が熱く痺れ、甘美な恍惚に全身が震えた。

(嫌だ……何故、私は──)

 精神と肉体の背反する葛藤がロキの美貌を翳らせた時、不意にバルドゥルが強く頭部をつかみ、己自身を押し込むようにして白い激情を迸らせた。

「全て呑み込め──一滴残らず」

 血の繋がった弟に己の欲望を処理させることに残酷な楽しみを覚え、バルドゥルはくすくすと笑いながら、ロキの唇から楔を引き抜いた。

 屈辱に震え、闇の双眸に涙を湛えながら、口の中に残った白濁を必死に飲み下すと、ロキは嘔吐感を封じるように口許を片手で覆った。

 その様子を見下ろしながら、バルドゥルは残忍な嘲笑をを浮かべて告げた。

「ロキ──もし今年の万霊節にあの男が現れなかったら、おまえを故郷に連れ帰る。
 おまえが傍にいれば、俺が飢える事もないからな。
 おまえの血や肉には……格別の魔力が備わっている。
 ジークだって、本当はおまえの血を吸いたいだろう。
 だから、兄貴も呼び寄せて、ずっと2人でおまえを抱いてやるよ。
 これだけ淫乱な身体なら、男2人を受け入れても平気だろうからな」

 その言葉に衝撃を受け、呆然と次兄を見上げたロキは、がたがたと震えはじめた身体を押さえることもできないまま、這うように床の上を後退っていた。

「──嫌です……もう、私を放っておいて──。
 兄上が私を日々の糧と見なすなら、この肉を食らい、血を啜ればいい。
 けれど──憎まれ、蔑まれながら抱かれるのは……耐えられない」

 打ちのめされ、弱々しく首を振りながら逃れようとするロキを見つめたまま、バルドゥルは不意に優しく微笑んだ。

「俺がおまえを憎むのは、おまえを愛しているからだと言ったら?
 こんなに愛しているのに、他の男に奪われて──あいつに抱かれ、悦びに震えるおまえを見て、俺が腹を立てないと思うのか?
 おまえが生まれた時から見守ってきたのは、俺やジークだけだったはずだろう?」

「嘘だ──あなたは、いつも私を苛めて、楽しんでいた。
 私が醜いと思い知らせて……それなのに、どうして兄上の言葉を信じられる?
 私は、誰の言葉も──信じられない」

「おい、ロキ──本気でおまえが醜いなどと、俺が思っているわけないだろう。
 おまえは美しく、だからこそあいつに見初められた。
 ──あの男は、抱くほどにおまえが妖艶になると予測済みだったようだがね」

「やめて……どうか、もう思い出させないでください、兄上。
 あれが私の前に現れないのは──気まぐれな遊びに飽きた……そうなのでしょう。
 あれほど力のある者が、ただの人ごときに本気で契約を持ちかけると思うのですか?」

 悲鳴のようにも聞こえるロキの言葉に、バルドゥルは眉根を寄せたが、すぐに広い肩を軽くすくめてみせた。

「だが、おまえも俺もまだ生きている、それは事実だ。
 ──まあ、いい。
 謎の答えを求めて走り回ってはみたが、結局は、あの男自身に理由を聞かなければ判らない事なんだからな。
 おまえに飽きたというなら、それはそれで都合がいい。
 俺の邪魔する者はいない──あの騎士以外は」

 一瞬にして酷薄な猛獣の雰囲気をまとった次兄を見上げ、ロキは恐れに駆られて立ち上がっていた。

「セヴランに手出しをすることは許さない──兄上、たとえあなたであっても。
 もし彼を殺そうと言うのなら、私は……あなたと戦います」

 漆黒の双眸に覇気が蘇ってくるのを認めると、バルドゥルは額にかかる白金の髪を掻き上げ、皮肉げに笑い出した。

「あの騎士に本気で惚れたか、ロキ?
 女であることを否定し続けてきたおまえが、男であるあの騎士に?
 おまえの大事な神様が禁じた男色という矛盾に──まさか気づいていないわけじゃないだろうがな。
 それとも、いっそその身体の秘密を打ち明けてみるか?
 あの騎士が本気でおまえを愛しているなら──真実を知ったところで、気持ちが揺らぐこともないだろうよ」

 そう言い、バルドゥルは開け放たれたままになっている窓にゆったりと近づいた。

 その姿が徐々に霞み、やがて白金の巨狼が姿を現す。

 鋭い牙の並んだ口を開いた狼は、美しい翡翠の双眸でロキを振り返ると、ふさふさとした尻尾を大きく振った。

「しばらくは黙って見ていてやろう。
 ──だが忘れるな、ロキ。
 次の万霊節が終わり、あの悪魔が現れなかったら、その時はおまえを迎えに来る」

 人間であった時よりも低くしわがれた声が流れ、ロキはその言葉に身体を強ばらせた。

「──1つ聞かせてください、兄上。
 『ジェヴォーダンのベート』の正体は……あなたなのですか?」

「ベート? 確かに俺は『野獣』だが、俺の他にもベートはいるはずだ」

 嘲笑うように鋭い牙を剥きだした白狼は、あっさりとした口調でそう告げる。

 そして、軽やかに窓を飛び越え、黒々とした闇に閉ざされた夜の森へと姿を消した。